「沓掛神社来訪記」 作:わさび23 * 名前は恵理。 姓は焔木。 自己紹介はこんなところでいいだろう。 冗長なのは主義に反する。 私が焔木の家に生まれてから20年がたとうとしていたころに、何を考えたのか祖母が。 唐突に種正に行こうと言い出した。 行ったことがないわけではない。七五三のころだったか。一度、何か理由をつけて連れて行かれたが挨拶を済ませてしまうとあとは私には分からない話で盛り上がって日が暮れる前には帰るという実に退屈な時間でしかなかった。 それから今の今まで行かなかったのは私も祖母も忙しかったという理由である。 郷土史を習わされてからようやく「種正の祖母の友達」が「四尾の待宵」ということを知ったが近年まで興味はさほどなく、むしろ改めて祖母の人脈と交友の広さに感嘆したものであった。 親友と成人式の日程を組んでいたタイミングだったので不満は残るものの・・・ 論文の材料として待宵様にお話を聞くのも悪くはないだろうと思えた。 ちなみに、私の専攻は人類文化学とか考古学とか民俗学とかそのあたりを放浪としていると思っていただいて良い。具体的な名称は私も知らない。 ・・・と、まぁこんな話は置いといて。 友達に週末の予定をキャンセルする旨を伝えなくては。 ** 焔木という家について簡単に解説しておこうと思う。 郷土史に載る・・・ような交友をしている祖母がいる時点でなんとくお分かりであると思うが、私はいわゆる「妖怪のクオーター」である。 白い犬の化生である祖母に、似たような耳と尻尾が生えた母がいる。 私自身にも尻尾がある。 祖父方、つまり焔木に祖母が嫁いできて。 孫の私が生まれてきたというわけ。 これだけなら話は早いが、焔木というのはもともと退魔を生業としている。 退魔というのは化け猫の怪談で最後に化け猫をズバーっと一刀両断する類の剣士、もとい業者である。 金銭で依頼を引き受けて悪鬼悪霊を退治するという点でさまざまな形態が存在するのでなんとも言えないが、退治すべき相手と普通は相容れないだろうと人は言うが現に私はそういう生まれである。 家業については・・・昨今の時勢では儲からないし、そもそも仕事自体がこないので長らく休業となっている。 私もあまり継ぐ気はしない。 と、まぁこんな具合の話を私に何の気なくせがんだ親友は特に、「祖母と祖父の出会い」やら「私の生まれた理由」といった細かい経緯まで聞きたがった。 色恋沙汰には全く興味はないと言ったら酷く怒られた。 古来より恋話はミリオンセールスだという。 人気のない人文学科。それもカビの生えたようなところに自分から入ったならそれぐらいの飯のネタは作っておけということらしいが。 猛烈な勢いに押され、釈然としないものを感じつつもその場で続きを話すことを約束してしまったのだ。 なので待宵様へのインタビューのついでに祖母に聞いてみようかと。 そう考えている。 *** 週末によく眠る母の村雨を残し、祖母の八房とともに遠出の準備をする。 お弁当に竹製の水筒と気分はピクニック。 3段重ねの重箱という気合の入った仕様なのはそれだけうれしいことなのだろう。 孫自慢は私がいくつになっても楽しいようだ。 先方から郵送で返事が届いたのを皮切りにとても気分が良い。 わざわざ返信用のハガキまで同封したのだから当然と言うか。 移動中にやけにソワソワしていたのには我が祖母ながら実に子供っぽいと思った。 団体客と思しき婦人方に取り囲まれて、親子に間違えられて喜んだり世間話に興じて降りるところを過ぎそうになったりとなんだか世話が焼ける。 朝早く出たにも関わらず種正に着いた頃には徒労感のようなものでいっぱいだった。 祖母の様子が普段と異なるのは言うまでもなく、久しく遠出していないのが原因だろうかとも思ったがやはり違うようだ。 目的地であるお社へ至る石段。その目前で着物のすそを直したり前髪を整えたりと落ち着きがない。 「沓掛神社」の鳥居からして手入れが乏しそうな印象を受ける。 此処に来るまでの間、わざわざ所在地を人に聞いてみても答えられる人のほうが少なかった。 念のため入手しておいた種正の地図でも紹介されていない。 曰く、待宵様は現在は土地神であり、信仰がそのまま自分の命に直結するといっても過言ではないとか。 知名度からしていつ忘れ去られるか、まだご存命(?)であるかどうか。 そういったことが心配で仕方がないのだろう。 返事は届いたが元気の証であるとは限らないと。 ためらったまま踏み出せずにいる彼女の心情は理解できる。 ・・・ただ、何時までもこのままで居続けるというのもなんなので私のほうから手を掴む。 しばらく迷った後に何も言わずに従う。 心なしかその手は汗で湿っていたような気がした。 **** 日差しは良い。 雲は少ない。 既に日は高い。 賽銭箱の上の鈴とは別に、呼び鈴が取り付けてあるので遠慮なく紐を引く。 沓掛神社は適度に手入れがなされているようで石畳の上に木の葉一つ落ちていなかった。 もう一度呼び鈴を鳴らそうかと思った頃に小さな足音が聞こえた。 祖母は私より耳が良い。それだけで誰が来るか分かったのだろう。 居住まいを正して足音の主を見る。 「久しぶりですね」 「そうですね。八房」 巫女装束に四つの尾。ツンと上に尖った二つの耳は人間らしくない。 「お久しぶりです。待宵様」 私は自分より背丈の低い少女に頭を下げた。 一瞬、きょとんとした表情を浮かべた彼女は祖母と私の顔を見比べて合点がいったようにうなずく。 「あなたは八房の孫娘ですね?」 「はい」 なるべく非礼にならないようにならないようにと頭を軽く下げたら彼女は微笑んだ。 「ずいぶんと大きくなりましたね」 「今年で20になります」 「貴女のような若い娘にここは退屈でしょう?」 不思議そうに小首をかしげてつぶやく待宵様。 「いいえ」 そう答えると、質問を重ねてくる。 「では何をしに?」 八房が何かを言いかけるのを押しとどめて恵理は言う。 「昔話を所望したく。参りました」 目次へ戻る |