「銀鱗亭の1コマ・V」   作:トヨタデイブレイク





ガルガディアの艦隊は銀海の底へ消え 岸辺にはザイランスの咆哮が響き渡る

戦いの趨勢はここに決した

もはや敗残の身となったガルガディア艦隊にできることはただ 落ち延びるのみである

会戦序盤に海軍戦力をことさら打ち減らされたザイランス軍は
岸辺の長距離砲と残存の竜を使い
逃げ延びようとするガルガディア軍に引導を渡すべく、鉛球にて葬送のしらべを奏ではじめた。


「ライネイス様、我が方の勝利のようです」

「うむ、だが手ぬるいな あの敗残共をすべからく銀海へ没しせしめよ」

「御意に、では引き続き…」


勝利を伝えるマルズークとライネイスが言葉を交わすその時
慌しく陣に入ってきた伝令が息も整えずライネイス・ハンの前に傅く


「申し上げます! 移動要塞に動きあり!」


「何事だ、中立などとのたまう邪魔者共が今更何を」

「要塞海面下より何かが射出された模様! 極めて大型です! 詳細はいまだ不明!」


「捨て置け、自らは戦うこともできぬ奴らだ」

「よろしいので? 大型となると 竜かもしれません、踊りこまれると厄介ですぞ」


懸念を述べるマルズークを手を払う仕草で止めるライネイスは海の一点を睨みながら語る
みればそこには巨大な黒い影が浮上しつあった


「竜がどうしたというのか、大方目撃された潜砂竜であろう」
「時代遅れの木偶の坊が踊りこんだからとて、我と我が軍にとってなにほどのこともある」


ライネイスの問答に値せぬという意を察したマルズークは一言「御意に」と呟くと
伝令兵に追撃続行の名を伝えに走らせた、と同時に巨体が海を割って現れる


唐突に発生した濁流に岸辺の将兵と、敗残の船達が巻き込まれ
多数が海に無力にも引きずり込まれて、敵も味方もない混乱が広がろうとする中

ついに海面から聳え立ったそれは、暗い色の装甲鱗で覆われたその半身に水を滴らせ
6門の砲を振り上げながら大咆哮を上げた もはや聞いただけで人々に死を与えるがごとき
その圧倒的な威容と咆哮に、至近で海へ投げだされなかった兵士達は慄いた

なんということだ、その大きさはゆうに200メートルはあろう
巡洋艦級の装甲竜、ザイランスの固有種であることは浮上という行為を行う以上明白である


「照合でました! 巡洋艦級潜砂竜 モガミクラスと思われます!」


その背に乗せられた6門の砲が持ち上がり左右へとそのアギトを向け始める

ガルガディア軍は己らの命運を悟り、ザイランス軍は邪なる侵略者の哀れな末路を期待した


しかし、そこで誰もが予想しない行為をそれは成す



岸辺に向かって自らの横腹を晒したのだ





「クハ、クハハハハ! なんだあいつは、何をしているんだ」

「は…おそらくは戦闘力を失い、要塞に逃げ込む溺者や脱出艇の盾になろうとしているのかと…」
「あの位置では敗走するガルガディア艦隊の盾にもなります、追射をさせない気ですな」


戦場に満ちる殺意の声音がいまだ満ちる中のその時、乾いた音とともに3発の信号弾が上がる
放ったのは浮上した装甲竜、その背に備え付けられた船の艦橋のような部分

その色は 白・赤・白  「救難支援」である



「沈めろ」

「ライネイス様?」


「あの忌々しい竜を沈めてしまえ、中立だと? 救助だと? 我を愚弄するのもいい加減にせよ」
「何様のつもりだ、我々は大陸の覇権と国の隆盛を賭けて戦ってきたのだ」
「それを戦場にただ何もせず居座り、力をもって火の粉を避け 挙句、助けてやるだと」

「耄碌したか、シャルトヴィルト 力ある者の成すべきことはその程度の偽善か」

「マルズーク! あれを沈めろ! 時代遅れの老竜達に 我らの力と意思を教えてやれ!」


「直ちに」







装甲竜はエデリオン大陸全域に分布する大型竜である

かつて大地を支配していたのは何者の牙も通さない彼ら竜の一族であった

しかし今や大陸は人間に支配され
よほど未開の地でもなければ彼ら彼女らの姿を見かけることはない

ザイランスにしても砂に潜り、身を隠すことで僅かながら生き延びるのみである

何故彼らが今、それほどの体躯と力を持ちながら大陸を支配できぬのか

これほどまでに数を減らしたのは何故か、それは

今、彼らの装甲鱗が もはや絶対の鎧足りえぬからである





苛烈

戦場の最中の浮上したモガミの身に襲いかかるは豪雨のごとき砲火
岸辺から船から、そして守るべき敗残の艦隊から
銀鱗亭以外のすべての勢力から彼女は砲を放たれた

無理もあるまい、味方なのだと宣言をしないのだから
どちらの味方でもないのなら、どちらにとっても敵である それが戦場の理ではないか

浮上する際に巻き込んだ船の乗員こそ仲間達が救助しているとはいえ
敗走の混乱による恐慌の只中に現れたそれが、自分達に盾になっているなどと どうして判ろう

ましてザイランス軍は侵略者に鉄槌を下す邪魔をされているのだ
その砲火に容赦などない、そこを退けと 鉛球の咆哮をもって叫ぶ



モガミが背負う装甲鞍にそなえられた主砲 15.5センチ砲3門2機が
ようやく役目を思い出したかのように天を向き、轟音と共に弾丸が放たれた

すわ反撃かと、その閃光を目にした両軍が見たのは

空から敗残達を狩り立てようと、迫る飛竜達の目を潰すための 煙幕弾


三国どの軍も装備しえぬ、高性能な筈の砲塔2機はそれきり沈黙した

最初から次弾など用意されていないのだ
弾庫にあるべきものを運ぶ者も、装填するべき者も
最初から誰もその背には乗り込んでいない

こうなることをすべて承知の上での 自身がどうなるか覚悟の上での乱入である



「・・・・!! ・・・!!」


右横腹を晒す、ガルガディア側はまだいい
艦載砲ではよほどの魔道砲でもないかぎり、有効打にはならない
最大の敵である火炎砲艦は、飛竜隊に優先的に狙われたのか 問題になるほどの数は残っていない

装甲鱗が弾いた流れ弾が、彼らと仲間に襲いかからないことを祈るばかりである


だが左舷側、岸辺に展開したザイランスの沿岸砲はどうにもならない

あそこには火竜咳(対竜大型火砲)が山のようにあるのだ
反撃の許されぬ身ではただ耐えるしか道はない
そしてそれはモガミの装甲鱗を無意味なものとする
彼女ら装甲竜を、滅びの道へと誘った調べ 火の大魔法を砲弾に込められた 人類の牙

通常の鉄弾すら、これほどの量を叩き付けれては 鱗を抜かれなくとも消耗する
海水で冷却されているからいまだ健在なものの
陸地であればもうこの段階で立ち上がることはかなわぬだろう


「・・・!! ッ!!」


しかし、本陣近くの砲から放たれる弾丸が、あろうことか装甲鱗を貫く

かなりの特殊金属や魔道合金弾頭でなければありえないことだった

その弾頭にとりつけられたモノが、かつて巨大な威容を誇った死した竜
自らの大叔母、装甲竜「ナガト」の鱗を使った徹甲竜鱗弾であることにモガミは気づいたが
それを防ぐ手立てなどありはしない
同じ装甲鱗ならば より硬い大叔母の鱗が勝つのは当然結果だ

幸い威力そのものは減衰し、かろうじて肉に食い込むだけで終わったものの
その破砕部位からもぐりこんだ炎が、容赦なくモガミの肉を炙る

そしてその部位は確実に左側面に大きく広がり始めていた







サブ=マリン 浮かせて欲しい


そう頼まれ、それをフロートを取り付けることで成し遂げた宿の商工会の面々は
戦況を見守る従業員達とともにライブで送られてくるその映像を
驚きと共に見つめていた、ある意味予想され、そして予想だにしない展開だった


「え? え? なんで? モガみんやられてるよ? なんで!」


ミロニの声はその場の多くの心の声であった
無敵と無邪気に信じられた、宿の半分の長さに匹敵するその同僚が今
両軍の無慈悲な放火に晒され、控えめに見てもそう長くは持たないであろう姿にされている

テオルードはそれを見ながら自身の予測が正しかったことを悟った
モガミは「ノーダンガン」といった 弾を受け取らなかったことで判っていた結果である

彼が今冷静なのは、炎がモガミを炙る度に悲鳴をあげる、彼女の友人達が傍にいるからだ
彼女たちはなんというだろうか、自分たちがほぼ判っていて送り出したことを知ったらと


おやっさんことズィルに目をやれば、腕を組み じっとその光景を見つめている
彼の妻が肩に手を置き共に動かずにいた
夫妻はそろって無謀を説いたのだ 結局受け入れなかったが


今どうなっているのか知れないが
飛び出していったギーナやグリコ、アイ達もあれを見ているのだろうか


その無残な姿が信じられぬ面々が騒ぎ立てる中
アルモニカは冷めた目でそれを見ながら、面々に指示を出した


「ガタガタ騒いでないで、働け!! 負傷者はごまんといるんだ手がたりん!!」

「でもアルモニカさん モガミが それにあれじゃギーナさん達も」

「ココの意味を忘れたか! 自分に出来ることをしろ! 判ったら行け」


アルモニカが接客班を散らす、渋々ながら去っていくその背の間から
防衛に備えてエプロン姿から戦装束に切り替えたエアリィが現れる
剣の柄頭に手はそえられ、既に厨房の君ではない 戦士の姿だ


「やはりこうなったか」
「だが、承知で送り出したのだろう 行けと」


「表で救助してる連中に盾は必要だ 絶対な」

「だが、へたをすれば死ぬな」

「ああ」


お互い、抱えた感情を出しはしない その程度には時を重ねてきたし 察することも出来た


「ワシはいく、ハンナベルが厨房はまとめている しばらくは任せることになろう」

エアリィはそのままアルモニカの横を通り過ぎ、出口に向かった
剣の柄頭からついに柄そのものへと指は滑っていた
もはや全身から殺気を放っている状態だ

アルモニカは頷くだけで返し、その背中を見送る
宿の下層は既に収容した負傷者 あるいは死体でごったがえしている
上層の宿・酒場エリアこそ、通常営業だが、下層は戦場だ
アルモニカ自身も戻らねばならない、

満身創痍のモガミが映った画面を身ながら、アルモニカは息をつく


「馬鹿が…だから言ったろうが、人間には ただの竜じゃ勝てないんだよ」






満身創痍

もはや全身の装甲鱗のいたるところに傷がつき
竜鱗弾に穿たれた破口の周辺は醜く焼け焦げ
背中の装甲鞍は既に穴だらけである

艦橋として使われる荷台詰め所はコンテナごと滅茶苦茶に破壊され
6インチ砲塔は2機共砕かれ、砲身は曲がり折れ、一本は脱落して海に沈んだ

引火した鞍上構造物が燃え上がり、その熱がさらにモガミの体力を奪う

反撃も許されず、腹下に抱えたフロートの浮力で辛うじて浮いているにすぎない
身をくねらせ避けようと試みるも、海の上は砂の上とは違う 嬲られるがままだ




「マルズーク様、やはり装甲が厚く 有効打を与えられません」

「竜鱗弾を持ってしてもか、撃ち尽くすわけにはいかん 貴重な弾頭だ」
「対艦魚雷を使え、火魔法をありったけこめろ」


命中の衝撃で意識を揺さぶられるモガミがそれに気づくことは無かった

海面下 左わき腹に刺さったそれが 周囲の鱗を弾き飛ばし、轟音と共に肉を抉る


あまりの激痛に悲鳴ともつかぬ咆哮

続けざまにもう2発、共に左腹面

耐えられる道理はない 三発目の爆発と共に モガミは意識を手放した

フロートはその衝撃で破壊され 浮力を失った巨体がついに斜めに傾き
滑り落ちるように横倒しになると同時に 激しい水柱を立てながら沈み始める

彼女に海という奈落から這い上がる力はない






銀海の海戦はザイランスの勝利で終る

その海戦の最後に一頭の装甲竜が海に沈んだ



銀海海戦にて  装甲竜 モガミ 撃沈

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