「銀鱗亭の1コマ・T」   作:トヨタデイブレイク





銀鱗亭の一角 特大のビアホールといっていい酒場の隅を
種族の雑多な集団が長机を占拠していた

見れば揃う顔は銀鱗亭に居を構える商業区の商人 工房の匠など
銀鱗亭の宿・酒場をはじめ各施設運営といったライフラインを維持するメンバーばかり



「いよいよ…開戦か 忙しくなるのは悪いことじゃない 商売人としてはな」

「悪いことよ 物流がズタズタ 軍にモノをもっていかれて物価が上がるばかりってね」

「まあそのぶん高値でモノが売れる とくに武器・防具・鉄材に火薬・秘薬 よりどりみどりだ」

「とはいえココは武装中立、売るにしたって考えにゃなるまいよ」

「立場ってもんがある 我らがレディ=シャルヴィルトのメンツを潰すわけにゃいかん」


銀鱗亭商工会の会合であった


城塞宿銀鱗亭こと移動要塞メイムナーは その巨大な体内に一つの完結した都市をかかえる
その人口は宿泊客の上下をさしおいても生じかの規模ではない
たとえ常に前線へ赴くとしても
圧倒的な力で中立と安全が守られるここに住み着きたい者はそれなりにいる
居住権をもつメンバーは従業員以外はかぎられてはいたがそれでも大所帯には違いない

水や食料はもちろん、各種資源物資や嗜好品
道具・調度品・貴金属 必要な物資は膨大である

都市を機能させるにはそれなりの商業が必要だ
世界を移動しながら交易を行う彼らの元 銀鱗亭に扱えない商品は存在しない

しかしそれも戦乱渦巻く中では別 移動するがゆえに確固たる基盤をもたないため
三国すべてを巻き込んだ戦乱ともなれば補給だけで一大事である

事前に空気を察して 備蓄に勤めていたとはいえ看過できる状態とは言いかねた



「移動商隊はむしろこぞって三国軍に近づいてる、まあこれはうちらも同じね」

「ある意味前線に近い方が、商いはしやすい 研究するにも金がいるからな」


そこで言い切ると 体格のいいリザードマンの工房主は片手をあげながら提案をあげる
その後ろには姿の透けたエルフ女性 銀鱗亭商工会でも重鎮の夫婦である


「まあそれはおいて ここいらで一度大規模な物資補充をしたい」

「それはここにいる面子全員が賛成だろう、しかし今からは位置が悪い」
「もう戦場エリアに入ってる、空輸ですら危険度が高い アドラス達にあまり無理をいうのもな」

「それにこないだので腰をやっちまって あの子、しばらく動けんよ?」

アルモニカ・ハンナベルの宿施設 両顔役は否定的な意見を出した
小間使いに送り出した鳥族アドラスは
とある事件で戦場到着前に名誉の負傷である 今は動ける状態に無い


リザードマン、ズィル=ディケンズは地図をその尖った爪で指し 説明を始めた

「そこでだ、ムムタラの話じゃここのエリアに商隊が集積所を作ってる 小規模都市クラスだ」

「ははぁ 拠点を合同で作って商いしようと 考えることは一緒だね」

「前線からは外れた場所だけど ここからいくには戦列の端を掠める」
「中立といったって見逃してはもらえまい 連中にとっちゃ目の上のコブさ この銀鱗持ちはな」

そういうとアルモニカは銀鱗亭の証 女主人の鱗そのものであるとされるそれを指で撫でた

「うむ、そこでな・・・」



「そこにあるのは野戦砲陣地でして、モガミさんならなんら障害にならないと思いますよ」

気配を気取らせぬままにアルモニカの右後にあられた黒いフードの人物が告げる


「戻ったか どうだった?」

「平原の会戦は激烈なものです 収束するまでにはいましばらくかかるでしょうね」
「ボーダルウォールがかなり前進しているようです、乱戦状態で手がつけられません」

「たとえそうだとしてもレディ=シャルヴィルトの意思は変わらない」
「宿が展開したら「通常営業」だ」

「忙しくなるわねぇ」


商工会メンバーはそれぞれ格好を崩しながら気を入れた もとより方針など一つしかないのだ


「おやっさん、準備をしてくるよ」

「判った、撃ちあうことになるかもしれん 6インチを整備しといてくれ あとで俺もいく」

「それじゃ必要な物品のリストを急いでつくらないとね、セティ 店に戻るよ」


各々が持ち場に散っていく中
アルモニカがハンナベルを呼び止めた

「モガミを呼んでおいてくれ シフトを宅配に変えるから一度俺のところへ」

「ん、それとこっちもリスト出したりとかあるから持って行かせるね」











「というわけじゃ、お願いな あとこれリスト」

「ワッショイ=サガワ」










メイムナー腹部甲板

宿として地上展開する際には地面と接触し 隠れてしまう部分だが
この腹部甲板にはいくつかの機能がある
要塞として使われていた頃 何らかの兵装を格納していたのか
作業用アームや管制塔を含めた多目的格納発着施設が一角に存在する

現在は移動形態時に人やモノが出入りする発着場として使われているのだ
腹部の巨大な鋼板がスライドし開閉、移動城塞都市銀鱗亭の港としての姿を現した


そこに今 いくつもの太い鎖で吊るされる巨大な鉄塊 否、それは竜

竜の足元にはメイムナーの設地魔道式と同じものが展開され
鎖だけでは到底固定できないそれを支えている

その背には巨大な鞍が既に取り付けられ
ハンマーで鋼を叩く音が響く中 固定作業が続けられていた



「一番砲おろせ そのままゆっくり! コンテナは二番!」


「弾は100発もない 無駄にばらまくなよ」

(ワビ=サビのココロエ)

テオルードの言葉にモガミは銀鱗を通じた通信で答えた 竜の姿では発音はできないのだ


「よーし一番砲とカーゴにかかれ! 固定ハーネスはしっかり締めこめよ!」

「固定終わりましたー!」

ズィル=ディケンズ(おやっさん)の声に作業員と化した宿従業員が答える


鉄が軋み 擦れる音が響く中行われているのは
荷馬車かわりに使われる装甲貨物竜モガミの出発準備である

今回意図的に前線をかすめるルートで輸送を行うため半武装状態を纏うのだ

すなわち6インチ(155ミリ)砲三門を備えた砲塔2機と装甲貨物コンテナである

それら背中の多目的鞍に設置されたその姿は 正しく陸の巡洋艦

その作業は終わりつつあり 力場とアンカーチェーンで吊された彼女
そのカーゴに買い出し隊が乗り込み終わるのを確認すると
ズィルはハンマーでモガミの装甲鱗を叩きながら 作業完了をつげた


「完了だ!下ろすぞ!  投下よーい!!  見学は下がれ!」


作業員が慌ただしく身から離れていく中
落下に備え体に力をいれるモガミの通信鱗にアルモニカの声が響く


(宅配(パシリ)班、そのまま聞け レディのお言葉を伝える 甘味を所望、約1t よい旅を 以上)

(イエス=ユア=マジェスティ)


甘味はレディの大事な娯楽 揺らして形を崩しては大事にあたる
よしんば転倒などしようものなら折檻は確実である

そう考えながらモガミは小さく嘶き 準備完了を告げた


「3 2 1  投下!! 」

ズィルの合図とともに六人が一斉に解除レバーにハンマーを叩きこむ
快音を発して固定鎖がはじけとび 轟音とともに滑車を滑る



瞬間 全長200.6メートルの巨体が虚空に放たれた

重力掴まれるがままに 11200トンという破滅的な質量が地面に吸い込まれる

この世の終わりのような轟音と衝撃波を撒き散らし

巨大な陸竜の四肢が エデリオンの大地に突き立った



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