「魔王。後日談のこと」   作:(腹)黒猫





/銀鱗亭=食堂


ざわざわ、と喧騒の中にある食堂の一角。
そこだけ喧騒とは違い、やけに静寂の中にいた。
日が暮れても賑やかな場所のそこだけ、まるで時間が止まったかのように。
蛍光<ランプ>が豊富に飾られているため、真夜中になっても明るく、温かかった。

(何をやってるんだろうか・・・・)

ニュアージュは自分自身に自問していた。
どうしてまた此処に来てしまったのか。
どうして今すぐ此処を出て行こうとしないのか。
それを、ニュアージュは、此処<銀鱗亭>の所為なのだと思い至った。
ひどく居心地が好すぎるのだ。
こんなことは恐らく、後にも先にもこの時だけだろう。
つまりは、そう、いつもではないこの場所に、他ならぬニュアージュ自身が、いつまでも居続けたがっていたのだ。

「何か、頼むものはありますか?」

ニュアージュの、そのくつろいだ様子を察したように、いやに丁寧な口調で、ハンナベルがにっこりと笑った。
そんな自分の様子に気が付いて、恥ずかしそうにニュアージュは俯いたまま、何も応えない。
ふいに、財貨の銅を一枚、懐から取り出すと、それをハンナベルに渡した。

「あ、いや・・・・その、何か食べ物と、飲み物を・・・・」

ぎくしゃくとした、かちこちとした硬い動きで、そう告げた。

「うむ、承った」

そんなニュアージュの様子を面白げに眺めながら、ハンナベルが頷いた。
それから背を向けて、厨房の従業員たちに何事かを告げた。

「ハンナベル、お前・・・・私がそういうのが苦手だと言う事をわかって・・・・」
「何のことでしょう?」
「うぐ・・・・」
「ふっ、くく・・・」
「笑うなよ、絶対笑うなよ?」

“丁寧”が苦手なニュアージュにとって、ハンナベルの今の態度は“苦手そのもの”でしかなかった。
態とやっているということは解っていても、逆にそれが原因で更にぎこちなくなっているのだ。
何せ彼女<ニュアージュ・スケアクロウ>はあの時
、彼女<ハンナベル・グラスドール>とその国と、その時代を滅亡の一手を手伝った一人なのだから当然と言えば当然だろう。
ただ、そこまで犬猿の仲と言う訳でもなく、時代の流れによる考えの行き違いであるが為、時に接しやすく、時に接し難い状況が作られる。
今回は後者であると悟ったニュアージュであったが、間に合わず、一方的に弄ばれる形になってしまった。

「へい、お待ち!」

その空気を破るようにして、エルフの少女の外見をした従業員の一人が料理を次々と運んできた。
「こんなに頼んではいないのだがな・・・」と言う様な怪訝な表情のニュアージュ一人尻目に、目の前に様々な料理が並べられていく。
所狭しと並べられた料理はテーブルの端から端までを制圧し、
これでもかというくらい色々な国の文化と見た目に拘った指向の一品やただ単に味と量にだけ重点をおいたものまであった。
普通の者ならば「無理」と断言できる程度のレヴェルとかそういうものではない。
まさに「食間地獄」という名に相応する、それだけの数であったのだ。

「うげ・・・・」
「どうした、食べんのか?」
「あのなぁ・・・・」

引き攣った笑みのまま、虚ろな目でハンナベルの見やるニュアージュと、そんな彼女と、
彼女の目の前に広がった料理の数々を同時に視界に収めながら、影のかかった笑みを浮かべるハンナベルであった。


/銀鱗亭=甲鈑


完全に闇へと包まれた聖地<エデリオン>を悠然と渡る銀鱗亭<メイムナー>。
それはいかにも聖母であったし死神とも言えた。
“中立”であるからこそ、そう言えるのだ。
力無きものはこれを希望と。
力在るものはこれを絶望と。
それ以外のものはこれを何と思っているのだろうか。
「なんだあの“しろもの”は」とでも思っているのだろうか。

そんなことを思考しながら、ニュアージュとハンナベルは甲鈑にてお月様と聖星の群を見上げていた。
闇夜に一点存在する白い影。闇夜に溶け込むことない華やかさを纏った幸福の影。
片方、どんな暗闇の中でも目立つであろうその存在は、かつて“雲の魔王”としてその名を囁かれていた。
ずっと昔に、腐敗竜<ドラゴンゾンビ>や死兵の軍団を作って辺り一帯を暴れまわったこともあった。
本人曰く、「そんなことはもう枯れてしまったからどうでもいい」と言ってはいるが、本当のところ、ちょっと懐かしくもあった。
確かその時は、露出度の高い、それこそ際どい格好をしたニュアージュが骨と骨を三日三晩頑張って組み立てた自家製の玉座に自信満々に座っていたなと、
思い出して恥ずかしげに紅潮した。
ハンナベルはくすくすと笑いながら「妾もむかしはヤンチャしたからなあ」と呟いた。

「いやあ、やっぱり、“ハタチ”過ぎた頃の不良デビューははっちゃけるものなのかなー」
「そうだろうそうだろう」

などと、少し朗らかに話を交わしていた。
およそ“かの時代”を共に生きた者同士の会話であった。
酒瓶<中身はジュース>を置き、杯を手に手に、昔話を肴とした彼女たちの会話は時間が過ぎるごとに盛り上がっていた。
半ば酔っているという感じはあったものの、明らかに場酔いと言っていいものであった。

「何時だったか、兵馬俑のように地下に埋めた死兵どもが這い上がって暴れだした時は、ヒューゴの坊の無双だったなあ」
「その後、お前が妾の説教也を恐れて数ヶ月行方不明だったのな。戻ってきた時のお前のあの憶えきった顔ときたら」
「言うなよ。説教よりもデコピンが一番怖かったんだから」

くくく、と両者共に喉で笑った。
そうすることで、そうすることこそ、何となく、何かがまた分かち合える気がしたからだ。
酒<ただしジュース>を一口啜り、喋りつかれた喉を潤した。
それからまた、幾つか昔の話を語った。

―領主ガフガリオン(オーク種)の横領疑惑=貧民の為の独裁。ハンナベルの説得により落ち着く。

―幻の黄金虫が見つかる=ニュアージュが隠していたことが判明。

―相次ぐ謀反の勃発。一部忠臣の暗躍=行き違え。

―勇者の正義=それは悪か善か。

―各地の“懐疑の地”を守護する獅子宮・金牛宮・天蠍宮・宝瓶宮の騎士が相次ぎ崩御=次代に受け継がれるも衰退。

―埋めた死兵(アンデット種)の進行=数歩しか進行できぬままヒューゴ一人に壊滅。


それら全てが過去の出来事。
重い話も、軽い話も、全てが肴となって、互いの杯に添えられる。
去ったもの、残ったもの、残れなかったもの、変わったもの、変らなかったもの、変われなかったもの。
みなの面影が、話をする度に、脳裏にあらわれる。
今も生きているのだろうか。どうしているのだろうか。そんなことが、ニュアージュの脳裏に過った気がした。
きっと、ハンナベルも同じことを思ったのだと、そう考えたかった。
やがて、甲鈑に静寂は返る。
黄金の夜明けを待たずして。


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