「紅想の辿り着く場所〜アルザ編前編&本編1〜」   作:シルバー





メイムナー・銀鱗亭食堂

「おかわり!」
「我もおかわりだ!」
「アルクも!」
「あ、私も!」

食堂の一角から元気の良い声が聞こえた。
見るとその一角だけ異様に皿が積み重なっていた。
そこには、シャロル、アルザ、アルク、ユーピテルの4人が食事を取っていた。

「フードキャッチペコキュア……」
「フードキャッチ? 何を言っとるんじゃマロウ」
「すみません、何でも無いです」

つい口走ってしまった言葉にツッコミを入れられるマロウ。
小さい呟きだったのだが、聞こえたエアリィも中々に耳がいい。

「しかし、どうしたんじゃ? あ奴らに奢るなんて自殺行為にも等しい事をするなんて……」

料理をしながらマロウに問うエアリィ。
それに対しこちらも料理をしながら答えるマロウ。

「…… 実はカサンドラさんも呼んでるんです」
「…… 死にたくなる様な事でもあったのか?」
「そこまでですか!?」
「違うのか?」
「違いますよ…… 死にたくなる様な事なんてありませんよ」
「フフ…… じゃろうな」

厨房でこんな会話がなされているとは露知らず、次から次へと出される料理をたらいあげる4人。

「もうこんなに食べたのか」

そこに現れたカサンドラ。
これで5人。

(…… ペコキュア5だな、いや、5人でもフードキャッチペコキュアで大丈夫か……)

マロウが頭の中でそんな事を考えている間に料理が出来上がった。

「それじゃあ、俺は出来た料理を持っていきます」
「うむ」
「…… 死にはしません消えるだけですよ」
「!? 待てっマロウ! お主今なんと……」
「エアリィ、少し手伝ってくれんか?」

マロウが呟いた事を聞き返そうとしたエアリィだったが、ハンナベルに呼ばれ聞き返す事ができなかった。

「マロウ…… お主…… 今【消える】と言ったのか」
「【消える】…… か」
「ハンナベル、お主何か知っておるのか?」
「いや…… 何も知らぬよ」

【消える】という単語にハンナベルはミュールの事が頭に浮かんだのだろう。

(まさか…… な)

マロウもミュールやアラドと同じく何らかの従者で、この戦争が終わったら消えてしまうのだろうか?
そう思ったが、確実に消えるわけではない事を思い出し、考えを改めたハンナベルだった。「はい、おかわりお待ち遠様」
「おお! 待ちわびたぞ!」
「こらこら、料理は逃げないからがっつくなって」

持って来たそばからたらいあげていくその姿は見ていて清々しい。

「ご馳走されに来たよ」
「お待ちしておりましたカサンドラ様…… なんてね」
「はは、今回は急にどうしたんだ?」
「ん〜…… まあ、ちょっと思うところがありまして……」

誤魔化す様に次々と料理を出すマロウ。
何かを感じ取ったのか、カサンドラも深くは追及しなかった。

「そうだ、アルザ」
「ん?」
「食い終わったらで良いんだが、一勝負いいか?」
「むぐむぐ…… ぷはっ、急にどうしたのだ? マロマロから勝負を申し込んでくるなんて……」
アルザが疑問に思うのも仕方ない事だった。
マロウは勝負事を自分から進んでやる事が無い。
何時もは相手から誘われるか申し込まれるかのどちらかでしかしないのだ。

「リベンジだよリベンジ! 前の決闘のな」
「なる程な…… 良いだろう」

前の決闘。
マロウが過去のトラウマにより本気を出せない、全力で戦えなかったのを薄々ながらも気付いたミュール達の手によって仕組まれたアルザとの決闘の事である。

――時は遡る


「ハアアアァァ!!」
「ふっ!」

キィン!

アルザの斬撃を手甲で受け流すマロウ。
そして、次々と繰り出される斬撃を避ける。
けしてアルザ放つの斬撃が遅いわけでは無い。

(やはり、そう簡単には当たってはくれぬか)

アルザはマロウの強さが予想通りであった事に、ワクワクしながらも緊張していた。
マロウの持つ技【神移】の存在を知っているからであった。
エアリィとの訓練で披露した一瞬で間合いを詰める事が出来る技。

(解せんな…… 何故マロウは【神移】を使わんのだ?)

決闘の審判・ジャッジメントをしていたエアリィはマロウが神移を使わない事に疑問を感じていた。

(いくら知られている技とはいえ、あれをそう簡単に避けられる者などそうは居らんだろうに……)

事実マロウの使う【神移】と言う技は、その名の如く桁外れな動体視力が無いと目で追うのは不可能。
その上、かなりの反射神経を持っていなければ反応すら不可能な技だ。
訓練の時は、知らなかったが故に意表を突かれ反応ができなかったエアリィだが、【神移】を知った今なら反応する事が出来るだろう。

(反応出来るからと言って、避けられるかは五分五分じゃがの)

マロウとアルザの闘いはアルザが攻め、マロウが避ける事の繰り返しだった。
戦闘経験ではアルザに分があるが、マロウは過去にどんな修練を積んできたのか、凄まじい動体視力に恐ろしいまでの反射神経と反応速度でそれを補っていた。
互いに達人クラスを超えているであろう戦士、少しの油断が命取りになる。

(さて、どうするか…… このままでは埒があかんし…… ふむ、一か八かやってみるか)

何かを思い付いたのか、ニヤリと笑うアルザ。

(む? 何か仕掛けて来るか?)

その笑みを見たマロウは油断無く身構える。
しかし、アルザの持つ刀の刀霊である深は嫌な予感がして仕方なかった。

「アルザ殿ぉ、何だか凄く嫌な予感がするのでござるが……」
「…… 大丈夫だ」
「何でござるか今の間は!? っていうか何に対して大丈夫なんでござるかぁーーー!?」
「そりゃあ!!」
「ちょっ!? アルザ殿ぉーーー!?」

アルザはいきなり深をマロウに向かって投げつけた。
アルザに文字通り振り回されるのはいつもの事だったが、投げられるのは予想外だったらしい深。
それはマロウも同じだったらしく、驚きながらギリギリで深を避けキャッチした。だが、その瞬間アルザから目を離してしまったマロウ。

「もらった!」

深を投げると同時に駆け出していたアルザは、マロウに拳が届く距離まで近づいていた。
この距離で不意を突かれた状態なら避けるのは容易ではない。
ましてやアルザのスピードだ、誰もが勝敗が決したと思ったであろう。
だが……

「!?」

アルザの攻撃がマロウに当たる事はなかった。

「「消えた!?」」

深を握っていた筈のマロウが消えたのだ。
アルザも深も驚愕した。
先程まで目の前に居たマロウが一瞬にして消えたのだ、驚かない方がおかしい。

「!? 後ろか!?」

それは、歴戦の経験が成せた技か、はたまた野性的な勘か……。

(これが神移!?)
(動いたのがまったく解らなかったでござる!?)

アルザの後ろに現れ攻撃を繰り出すマロウ。
いくらアルザが歴戦の戦士とはいえ、避けるのはほぼ不可能なタイミング。
そのタイミングでアルザは避け。

「!?」

避けた体勢のまま、マロウの腕を掴み。

「おぉおりゃあぁ!!」

一本背負いの要領で投げたのだ。

「っ!?」

床に叩き付けられるマロウ。
アルザはその勢いを殺さず回転し、そのままマロウの上跨ると深を掴み彼の首筋に当てた。

「我の勝ちだ」
「…… 参ったな…… 完敗だ」
「勝者は文句無しでアルザじゃの」

こうして、二人の決闘はアルザの勝利で幕を閉じた。
その後、アルザの行動とこの決闘の種明かしをされ、皆に過去の事を話す事になったのだ。

メイムナー銀鱗亭上空

「…… あの時のみんなの言葉は心に響いたな」

メイムナーの遥か上空、そこにマロウは居た。
クリムゾンブラッドの姿で……
マロウはこの最終戦でサルワとダカーハの件で暴走した者達の足止めを行い、ヒザクラとガルガディアの本陣まで彼女の護衛として共に突入した
そして、戦争はもうすぐ終わりを迎えようとしていた。

「アルザのあの言葉は本当に響いた」

マロウは今まであった出来事を思い返していた。
アルザとの決闘後、過去の話をした時彼女に言われた言葉。

『それだけの力があるなら牙無き者の牙になれ、暴走したなら我等が止めてやる』

「強烈な頭突きの後に言われたにも関わらずしっかり聞こえたな」

マロウは苦笑しながら頭突きをされた箇所をさする。

『俺達を【家族】を信じろ』
『俺が十秒お前を止めてる間に他のみんなが一斉になんとかするさ』

アラドとミュールの言葉もマロウには嬉しかった。
他のみんなも口々に『任せろ』『大丈夫』といった言葉を投げかけてくれた。

「だから…… みんなには笑顔でいて欲しいよな」

マロウは目を閉じ意識を集中する。
その瞬間、マロウが光に包まれ姿が変わった。
紅い姿では無く、白と黒の光沢を放つ甲冑を纏う騎士の姿に。
背中の紅翼は光翼に変わり、まるで甲冑を纏いし天使の様であった。
甲冑の鎧の真ん中には宝玉の様な物があり、その中に銀鱗亭のシンボルが浮かび上がっているのはマロウの想いの表れか……
『さあ、いくぞ相棒…… エデリオン中に俺達からの贈り物だ!』

戦争の犠牲者を減らす為に戦う銀鱗亭。
そこに居るみんなが喜ぶ事。

『犠牲者が減って【家族】も無事ならみんな喜んでくれるだろう!』

マロウが行動を起こそうとしたその時、銀鱗亭から通信が入った。

『確かに喜ぶだろうが、それはそなたも無事に戻って来たらの話だぞ?』
『!? レッ…… レディ・シャルヴィルト?』

シャルヴィルト=クル=ヴァルケイン、銀鱗亭の女主人でありマロウの雇い主だ。
勿論彼女もマロウにとって【家族】である事に変わりはないのだが、どうしても敬意を払わずにはいられないのだった。

『何故……』
『なに、少々お節介な魔法使いに頼まれてな』

マロウはすぐにノーラディアの顔が浮かんだ。
彼女なら、シャルヴィルトに平然と何かを頼むくらいしていそうだと、そう思ったからだ。『それで、あの傍若無人はなんと?』
『契約書を書かされた』
『ぶっ!?』

マロウは噴き出さずにはいられなかった。
何をやっているのかあの暴走特急は、何の契約書かは解らないがとんでもない事をしたものである。

『そなたが【生き返らず死ぬ】まで我が銀鱗亭で働かせる、という内容のな』
『それは……』
『そなたは死なぬな…… 死んでも生き返り死ぬ事を許されぬ』

マロウは死ぬ事を許されぬ存在。
【戦争を嫌う者】がその魂を手放すか、魂が消滅しないかぎり死ねないのだ。

『それで…… アイツは、ノーラディアは何処に?』
『自分の戦いをしにいったよ』

それを聞いたマロウは微笑した。

『素直じゃないな…… アイツは』
『まったくだ』
『解りました…… 意地でも早めに戻ります』
『そうだな…… 【私達】の記憶からそなたが消えぬ内に頼むぞ?』

マロウはその言葉に、『了解』と返事を返すと行動を開始した。

『集え! 救いたい、助けたい、と願う想いよ!』

マロウが言葉を紡いでいく。

『集え! 大切な者達を想う愛情よ!』

エデリオン中から目に見えぬ光がマロウに向かって集まっていく。
集まってくる毎にマロウの脳裏には様々な出来事が浮かんでいく。
死にかけている者を救おうとする者達。
仲間を庇う者達。
お互いの無事を喜ぶ者達。
力無き者を救おうとする者達。
家族を助ける為に無茶をする者達。
大切な者を救う為に死の理を覆す者達。
生き残った者達を元気付ける為に芸や舞を披露する者達。
その姿形は様々だが、大切な者を救いたい助けたいという想い、誰かを愛おしく想う気持ちや優しさに違いは無い。
種族や国によって形の違いはあれど、その想いは皆同じなのだ。
勿論怒り、悲しみ、憎しみ、妬み等、それらの負の感情・想いも皆同じだ。
だが……

『戦争が終わったら…… 【愛情】や【愛】を胸に、【優しさ】を胸に…… 皆が笑顔でいられる様に……』

不可視の強大な想いの光を纏ったマロウは更に上空へ……
エデリオン中を見渡せる程の高さまで……

『皆に笑顔を! 降り注げ!!』
その光は流星雨の様に終戦と同時にエデリオン中に降り注いだ。


エデリオン上空

「みんなに…… 届いたかな……」

強大な力を使ったマロウは人の姿に戻り落下していく。
力を使い果たしたのか、ロクに動けない体。
落下しながらエデリオンを見渡す。

「想いを…… 伝える効果を…… 無理矢理付与したから…… 致命傷を重傷まで…… 回復させる程度しか効果無いけど…… 大丈夫だよな」

そして、軽く体を捻り空を見上げるマロウ。

「俺…… 銀鱗亭の…… みんなに会えて…… 良かった……」

思い出されていく銀鱗亭での思い出。
マロウは思い馳せる……


目次へ戻る