「人生=コウカイ」 作:暇人 銀鱗亭の中心部。高くそびえ立った塔の頂上で、ハンナベルとビアンカは向き合っていた。 吹きさらしの頂上には強い風が吹き、ビアンカの身体が揺れる。 目の下に隈を作り、どこかぼんやりとした表情のビアンカ。 相対するハンナベルが口を開く。 「本物の戦場で鍛えた成果、見せてもらおうか」 それに応えるビアンカの表情は暗い。 「あれは、あんなのは戦場じゃないです。あれは・・・・・・」 ビアンカは言い淀む。 振り払うように首を振って、再び語り始める。 「・・・あたしには解んないです。あの戦いの中で確かにあたしは魔弾を手に入れました。 でも、そんな物を手にする事より、もっと他にする事があったんじゃないかって、そう思うんです。 盗賊退治って、誰かを襲っている盗賊を見つけないと出来ないですよね。 それって、誰かが傷つかないと行動出来ないって事じゃないですか。 それなら始めから難民の受け入れの方に参加していれば、被害に遭う前に皆を救えたんじゃないか。って思うんですよ」 ハンナベルが言葉を要約する。 「つまり、判断がつけられないというわけか。己が成し遂げた事が正しい事だったのか、否かと」 小さく頷き顔を上げれば、今までビアンカが見たことのないハンナベルの顔。 かつて“不殺の竜姫”と呼ばれていた頃の面影。 「ならば確かめれば良い。戦場で子供達を救った事が正しかったのか、それとも武器を捨て難民に手を差し伸べるべきだったのか」 「どうやって?」 「簡単な事。手に入れた力、存分に妾に見せてみよ。お前が手に入れた力がどの程度の物か、見極めてやる」 それは、とても単純な事。 「お前の今の全力、妾に叩き付けてみよ」 勝負は一撃。 お互い手抜きは許されない。 空気が張り詰める。 「・・・分かりました」 ビアンカは身につけていた装備を外す。 ライフルを一丁だけ手にし、他は立会人であるライブラ・リラーに全て預ける。 右手でレバーを動かし、装填。 ハンナベルとビアンカが対峙する。 「宜しくお願いします」 両者の間で張り詰めた空気が肌を刺す。 「―来い」 片膝を地に着ける。腰を落とし、安定した姿勢を維持する。 ライフルを構え、深呼吸。 精神を極限まで研ぎ澄まし、ありったけの魔力を全て銃身に注ぎ込む。 刻まれた魔導回路が注ぎ込まれる魔力を安定化。かつ激しく往復運動を行い、増幅する。 照星と照門に打込まれたポイントが射撃可を知らせる。 まだだ。 更に魔力を注ぎ込む。 針で刺すような鋭い頭痛がビアンカを襲う。 それでも供給を止めようとはしない。 ポイントが、色を緑から赤に変え点滅する。 これ以上の魔力供給は危険だ、と銃が知らせる。 それでもまだ止めない。 もっと。もっとだ。 耳鳴りのように甲高く、銃身が共鳴を起こす。 銃身に刻まれた魔導回路が淡く光りだす。 視界がぼやけ、倦怠感が重く泥のように身体に纏わりつく。 注ぎ込んだ魔力が排気されている。 そんな事させない。 ビアンカは唇を噛み締める。 口の中に血の味が広がる。 痛みで意識がクリアになった。 一度、目を閉じる。 銃身の共鳴と、発光が、消えた。 ―次の瞬間 ビアンカは引き金を引いた。 発砲の衝撃はビアンカの身体を数メートル後方へ吹き飛ばす。 ブーツのスパイクで床を削りながら、なんとか転倒を堪える。 弾丸は一筋の光となる。 それも一瞬の事。 世界が、白く塗り潰される。 直後、研ぎ澄まされた刀同士を叩き合わせたような快音が銀鱗亭を震わせる。 音が、衝撃波となり同心円状に広がり周囲を飲み込む。 足が竦んでしまうような波動を身体中に受け、ビアンカは眼前を見据える。 そこには先程と変わらぬ姿で佇むハンナベルの姿。 「・・・・・・ははっ・・・さすがハンナさんですね」 それだけを零し、ビアンカはその場に崩れ落ちた。 仰向けに倒れたビアンカは、ハンナベルが歩み寄るのを感じた。 そしてハンナベルは言う。 「それ程の力を持ってしてそれを行使しないのは、宝の持ち腐れだ。 確かに難民支援には多くの人手が要る。 しかし、そこに武器を捨てたお前一人が加わるより、お前はその力を持ってして虐げられる民を救った方が、概してより多くの民を救えたに違いない」 ハンナベルははっきりと言った。 「お前のやった事は間違いなどではない」 倒れて空を見上げたビアンカの耳にその言葉が届く。 空は、あの街を脱出した日と同じように蒼く澄み渡っている。 猛烈に身体がだるい。 しかし胸の中は見上げた空のように透き通っていた。 疑問が完全に解けた訳ではない。今も自分の行いに疑問はある。 心が晴れた理由はもっと別な所にあった。 疑問や後悔は消えない。それは当然の事なのだ。 何の後悔もなく物事をこなせる人なんて居やしないのだ。 それを言い訳だと言う人も居るだろう。 そう言われた時は素直に認めよう。 人は何事にも後悔を抱き、それに見苦しく言い訳をしながら生きて行く。 そういう生き物なのだ。 ビアンカはその時、自分の生き方を見つけた気がした。 そして深い眠りに落ちていった。 目次へ戻る |