「天秤の従者」 作:(腹)黒猫 /雲の魔王 「なんとまあ・・・・」 呆れるほど溜め息が零れた。 そしてそれきり、絶句してしまったようだった。いや、実際絶句していたのだが。 そこは恐ろしく“豪華”で“賑やか”な場所であった。 なるほどこれが中立の城塞宿銀鱗亭の憩いの場<食堂>かと納得した。 あらゆる調度品とも言える各国の品が揃えられており、そのどれもこれもが極上の材質と装いであった。 テーブルクロスの布地でさえも精緻を極める模様が美しく織り込まれ、床に敷かれた絨毯にいたっては“雲の上を歩くとはこういう事か”と思い出させるほどの心地好さなのだ。 埃ひとつなく、きちんと整えられた食器類が厨房の向こうで輝き積まれている。 ふと、天井を見ると、数珠つなぎになった蛍光石<ランプ>が高価だろうなと思える綺麗な硝子細工と共に憩いの場<食堂>を明るく照らしていた。 (まるで、一つの“閉鎖空間”だな・・・・) そんな捻くれた事を考えながらニュアージュ・スケアクロウは空いてる席を探した。 どこも様々なお国の種族で賑わっており座れる席などあるはずがない。 特に、今の時刻は昼頃なのだ。当然といえば当然だが――― 「うん?なんだ、空いてるじゃあないか!」 嬉々としてその空いてる席に近付いたところで、はたと気付いた。 “何故この席だけ空いているのだろう” そんな疑問が浮かんだのだ。 ましてやその席は“厨房”の中を見渡せるのではないかと思えるほどの場所に設けられた長机の一角で、噂では厨房のアイドルたちを“すぐ近く”で視姦できると言われてるほど席の一つ。空いているほうが疑問に思えるほどだ。 「失礼だが、ここは予約席か何かかな?」 咳払いを一つした後、厨房で動いて人影に向かって声をかけた。 「ああ、すまんが今手が離せなくてな。予約なんてものは入れてないから好きな席でくつろいでくれ」 そう返すは、確か・・・・ああ「わかる!銀鱗亭かんぺきガイドブック!」に載っていた人物だ。 厨房問わず、銀鱗亭内では顔が広いとか云々。 名前は―――ええと―――なんだったかな―――― 「そうだ、ハンナベル=グラスドール!」 「うん?誰か呼んだか?」 「あ・・・・いや」 * ずず―― 「ほお、美味い」 ハンナベルが勧めてくれた「おふくろの味」が一つ「ミソシル」をすすり、感嘆の声を上げた。 今まで食生活と言うものにはこだわりがなく、食べれるものがあればそれで済ましていたニュアージュにとっては新鮮な味であった。 「そう言われると嬉しいな」とハンナベルがうんうんと頷く中、ふと、思い出したように―― 「そういえば、この席だけ空いていたのだが・・・何故だ?」 「ああ、それはまあ、何と言うか・・・・」 何故か申し訳無さそうに口ごもるハンナベルを見、もしかしてこの席は誰かがよく座っていた席であって、そしてその人の帰りを待っているのではないかと思い、ニュアージュも申し訳ない気持ちになった。 直後 「どーん!」 と、厨房の向こう側の扉から勢い良く“飛び出し”たるはエルフの少女。 いや、昔からなのだがああいう見た目な者ほど意外と年をくってるもんだ。ニュアージュやハンナベルのように。 言わずもがな、彼女の登場によってこの席に誰も座らない理由が明らかになるのだが、それはまた後の話。 /黄金虫 「ふむ、本当に此処は素晴しいとこだな。クリープ、お前もそう思うだろう?」 夜風に吹かれながらニュアージュの頭の天辺にしっかりとつかまっている黄金虫クリープ。 自ら話すことはしないが、不思議と肯定か否定かが仕草で解る――可愛らしい黄金虫――ニュアージュの親友。 「ふふ、嬉しいな」 そう言ってクリープを撫でる。 驚くほど白く艶やかな指だった。まさに妖美とも言えた。 「パプリック・オブ・ジャスティス」 ふいに、そう唱えた。 ぐにゃり、その言葉と共にクリープの姿が歪み、きりきりと歯車の軋むような音が響き、まるでその内から“引き出される”ようにそれが出現するのであった。 さながら樹に実った果実のようで、しかしそれは鋼の果実だった。 更に果実が二つに割れて、たわむようにして鋼鉄の糸に吊るされた。 ―天秤― 二つに割れ、半分になった果実はまるで秤のようで、それには精緻なまでの魔方陣が凝らされており、 右の秤には――神――GODの刻印が、 左の秤には――民――DOGの刻印が、 厳かにも刻み込まれ、青く明滅していた。 「数多の剣を天秤にかけよ。かの者らの語(と)いし戦(おこな)いにより、枯れぬ鉄を授けよう」 その言葉の風聞と共に秤が傾く。 「枯れぬ鉄は我らに糧を恵み、より多くの者に糧を恵むだろう」 天秤はそれ自体が秤動を保つように揺れ―――やがて静止した。 「・・・ふむ、運命とは予め予知された“必然”ではあるが、時に仲間の“必然”をかけ合うことによりこうも予定調和を乱すというのか。聖地<エデリオン>、いったい何を見据えているのだろうか?」 夜風が流れた。 意外に長い白の髪が、さらさらと靡いていた。 「我々の植えた果実を、はたして我々は目にすることができるだろうか」 目次へ戻る |