「彼女の居た席」   作:(腹)黒猫





昔々

「あ、あぁあああああ」

悲鳴。

「止めろ刃花!」

床に広がる紅い染み。

倒れる兵士たち。

無粋な奴。

無礼な奴。

威張る奴。

力を誇示した奴。

その力を振るった奴。

“此処”を侮辱した奴。

“家族”を侮辱した奴。

「くそったれ!」

ごつっ―――

顔面に熱。痛み。視界がブラックアウト。

左拳。衝突。衝撃。吹き飛ぶ。勢いよく床に叩き付けられる。

涎・涙・血が顔面をくしゃくしゃにする。

ぼやける目で見る景色。

蔑むような軽蔑の眼差し。怒りの眼差し。怒声。悲鳴。

銀鱗亭/物陰

隠れるに打って付けの場所。

「なんだここにいたのか」

ふいに、かけられる声。
物陰でじっと体育座りして蹲っていた自分にかけられたものだと理解するのに、一瞬間が空いた。
そして、顔を上げてみる。

目の前に、自分より背の低い少女。
不思議と自分の方が小さく思える。

「・・・・ハンナベル、殿?」
「妾の名前を覚えていてくれたか。うむ、ありがたいことだ」
「・・・何用で御座るか」
「まあ、そう警戒するでない。ほれ、まだ飯を食べてないだろう?」

ああ、確かに。
どうりでいい匂いがよく染み渡るはずだ。
ただ自分の知る食べ物なんてものは、匂いだけのものが殆どだった。
今更この程度で腹をすかせることなんてないだろうと思ったのに―――

「腹が減っては何とやら、そうだろう?」

差し出されたもの―――「肉じゃが」
見たことのある、それでいて手の届かなかった“食べ物”
差し出されたそれを、そっと、受け取り、一口―二口―三口―頬張った。


銀鱗亭/食堂

「だぁーこらっ、この唐揚げはあたしの分っすよ!?」

牙刃/片手で唐揚げの乗った皿を頭上に持ち上げ、もう片方の手でその唐揚げを狙う刃花とシャロルを防いでいた。

「また頼めばいいじゃないー!」
「姉上はもう少し痩せた方がいいでござるよー!」
「お前ら後で覚えとけっす・・・いや、今覚えとけ!」

どんがらがっしゃーん!!

「・・・騒がしいな」
「本当にねぇ」

その隣、やや離れた席で“スイーツ料理”をつつくオリカと海月。
周りの喧騒に更に喧騒が混ざり、より一層壮大な音を奏でる場所で、国も種族も何も問わず、彼らが過ごしている。

わーわーぎゃーぎゃー

銀鱗亭は今日も騒然(ざわざわ)していた。
そんな彼らの元気な姿を見るのも、ハンナベルの楽しみであったし、それはきっと他の厨房係の者たちも同じであった。

「ハンナベル殿〜」

向こう側でシャロルと牙刃の激しい攻防が続いている中、頭にたんこぶをつくった刃花が涙目で縋っていた。

「また頼めば良いだろう?」
「うぐぅー・・・」

がっくしと項垂れる刃花、向こうではキテュンの参戦で更に白熱している。
あの状態が続けばアルモニカの拳骨が飛ぶのは明白であった。

「あの、ハンナベル殿?」
「うん?」
「もしよければ、その、次の時に、唐揚げを一つ追加してほしいのでござるが・・・」

おどおどとした素振りで、彼女にしては珍しい。

「妾は別に構わないが」
「本当でござるか!」
「ああ、だが“肉じゃが”ではなくて良いのか?」
「ふふん、肉じゃがは“ちゃんと帰ってきた”時の為のご褒美として作ってもらうでござるよ」
(と言うか、本当に一つで良いのだろうか?)


**
***

ある兵士たちの話。

「おう聞いたか?何でも近くの海辺で竜(ドラゴン)の死体が打ち上げれたらしいぜ?」
「マジか、戦争で使われた竜乗りのじゃないのか?」
「いいや、どうやら東にか生息しない竜らしいぜ。何でも胸を剣で一突きにされてたらしい」
「すげぇな、そいつを殺った奴はとんだ手練れのドラゴンハンターに違いねぇな」
「だな。聞く所によると、東の国特有の額当てを付けてたらしいぜその竜」
「飼われてたのか?」
「さぁな、そこまでは知らねえよ」

喧騒の中に溶ける会話。

ある厨房に近い席に、よく居た彼女はまだ居ない。



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