「斬撃×氷結=死刑執行」   作:(腹)黒猫





銀鱗亭【昼】

その一角、厨房にやや近いテーブルの上。
バターをたっぷりぬった厚切りパン、とろけたチーズのかかったポテト、ローストビーフ、ゆでたハム、何かの肉の詰まったぷりぷりのソーセージ、こんがり焼けた丸焼きにゼリー(肉汁などが固まったもの)、クルミやハチミツ、果物や野菜などが所狭しと並べてあった。
正に食事の真っ最中とでも言わせる料理の数々。
それらを次々に頬張る“千本ノックの”カサンドラ。
すぐ近くにはグラ=サン越しでも目が“死んでる”と思えてしまうほどに茫然とし、それを隠そうと強がるギーナ。
「うおォン、カサンドラ殿はまるで何とかかんとか所でござるな」
「うおォン、まるで製鉄所、いんや溶鉱炉のようだべ〜」
厨房のすぐ隣の位置に設置された長机に凭れて感嘆の声を上げる二人/三春と刃花。
「なんだその“うおォン”と言うのは、流行っているのか?」
その二人の隣に浮遊する巨大な水鋼のクラゲ。
いや、正確には刃花の“妹”であるカイゲツである。
普段はクラゲのような水鋼の帽子を被っているのだが、こうして帽子から生える無数の触手に身を隠すと、まるで一体のクラゲがそこにいるようであった。
同時に、声もくぐもるので、一層そう思えるのだ。
銀鱗亭メンバー曰く、“常に浮遊している武装従業員”。
見た目がクラゲだが別に海が得意というわけではない。
「そうでござるよ」
「んだべ」
「いや、違うじゃろ」
すかさず訂正。
厨房の中から声。
現在進行形で厨房係、もしくは料理を作れる人物たちと協力して、料理を“奢り続けている”エアリィ。
「なんだ、そうなのか」
妙な断定的口調で残念がるカイゲツ。むしろ残念がってるかさえ不明。
「そんなことよりカイゲツ、お主またサボったろう?」
「さてはて、何のことだろうな」
キッとその事を咎めるように睨むエアリィを余所に、飄々と浮遊するカイゲツ。
帽子に付いたモノアイが代わりに辺りを見回す。
隣にいた筈の“ニンジャ二人”が“例の特濃チョコ”を持ってギーナの所へ向かう――無視。
「わたしはただ、自分の出る幕がないと判断したまでだ」
「それでお前と組んだ班の仕事が遅れたわけだが」
「たったの五分程度だ、支障はない」
「だからといってな・・・」
半ば“何かに”呆れがちのエアリィを横目に、勢い良く追い返されるニンジャ二人を見てクスリッと笑い。
その次に飛んできたのは―――“アルモニカ”の重い拳骨であった。
「ふぎゃっ!!?」


銀鱗亭【昼】

厨房に近いテーブルの上に所狭しと並べられた料理たち。

“鱈腹奢ってやる”

その約束の現状。
やたらめったら、とは言わないがそれでも順序バラバラに食べて飲んでむさぼっている。
まさにシャロルの独占場。
その隅っこで“スイーツ”をつつくオリカと、自分の軽率な口約束に後悔の呻き声を上げる牙刃。

「うおォン、口は災いの元とはあの事でござるね」
「うおォン、自業自得ともいうだべ〜」

厨房のすぐ隣の位置に設置された長机に凭れて感嘆の声を上げる二人/三春と刃花。厨房から出される小皿の上の料理の味見係。
その二人の視線の先では、身を乗り出してシャロルの鼻をつまむ牙刃、慌てるシャロル、笑うオリカ、刃花。
「ところで、その“うおォン”は流行っているのか?」
と、厨房から現在進行形で恋する乙女のハンナベル=グラスドール。見慣れた姿の癖に未だにその可愛らしさに慣れない。
「違うと思います」
すかさずツッコム ヒューゴ。手に手に料理道具を持って。
「うむ、よく食べる者には“うォン”が似合うそうでござるよ」
「んだべ、この唐揚げはほんっと美味だべ」
「おお、確かに、ハンナベル殿の料理は美味でござるな」

HAHAHAと異国ムード全開とばかりに陽気に笑う二人。
片方はこれでも22歳なのだが、その“脳力”は勉学に思い切り向いていない。
「そう言ってもらえると嬉しいのだが・・・・「あ、姉上はあれでも同性愛者なのでござるよ」
「えっ」とばかりに、顔の神経が凍りつくハンナベル。よく解っていない三春。振り向かず黙々と料理を作るヒューゴ。思い出したとばかりに、思ったことをさらりと言ってのける刃花。
「ま、まぁ・・・人それぞれあるじゃろうて」
恐らく、彼女が奴隷時代に経験したことが転じてどうなってしまったのだろうと、容易に考えがつく。
「あーそれよりもぉ、この前カイゲツがチョコ渡してたなぁ」
話についていけていない三春、ふと思い出したことを呟く。

「「なん・・・だと・・・・だれに!?」」

「あんな無愛想がチョコを」という感じに、普通に驚く二人。ヒューゴは相変わらず「火加減はどうかな」と料理の管理。
「たしかぁ、くろがn
―その名を言った直後、それを聞いた全員に衝撃が奔った。のは言うまでも無い。
「くしゅ」
一人甲鈑の上で浮遊していたカイゲツが、小さくくしゃみした。


銀鱗亭【夜】

一頻り銀鱗亭メンバーや宿泊客と話を交わした後、ズィルを始めとし、リーフル、ミレア・フューリヴァー、刃花の普段では珍しい組み合わせの第5班で見回りをすることになった。
夜空は星々を抱いて薄い藍色の輝きに満ち充ち、深い闇を孕みつつ銀海がそのほのかな明るみを盾に戦火の舞台をまわしている。
途中、第6班のメンバーと合流し、それぞれ四つ手に別れて行動することになった。
刃花と言えば海沿い際で更にミレアと二手に分かれて見回ることにした。
せせらぎに風の音を受け、青く黒く赤く光る海の流れの潮の匂いにひたりながら歩く中――
「ふぅむ、ハンナベル殿に約束として唐揚げを一つボー=ナスして貰うように頼んだが・・・やはり三つにしておくべきでござった」
後悔の溜め息があとにつづいた。
と、同時に、義眼ではないほうの目をかっと見開き、大きく後ろに跳んでいた。
殆ど予備動作なしの、消えては現れるかのような俊敏な動きである。
ひゅンっ、と鋭い音をたて、先程跳び退った空間を、燃える剣身が薙ぎ払った。
空気を焦さんばかりの勢いで、更に赤く煌く刺突が繰り出された。
更に後方に跳躍、だが、剣尖がまさかと思うところまで伸びてきたのだ。

「むっ・・・・」

刃花のすぐ目の前で、ばきっと火花が散った。
その両手両足を取り巻く帯剣の一部が、防いだのだ。
しかし、その薄い剣先が銀の屑となって宙に舞い、からくも剣尖から逃れた刃花の周りを、薄い剣の屑が零れて落ちた。

「なんと・・・・拙者の剣を、砕くとは・・・・」

義眼を含んだ双眸が、先の闇と、そこに立つ紅い影を見据えた。
相手の何もかもを見出し、切り刻んでやるという殺意を孕んだ瞳が、闇に立つ者の姿を克明に映し出した。
「なんとも・・・とんでもなく手癖の悪いお客人も寄って来たものでござるな」
何時もの、日常の中の明るい調子で言った。
だがその面には、いつものような余裕がない。
ちらりと、相手の携える“牙”を見た。その額に、ふつふつ、嫌な汗が浮き始めた。

ぬぅ――

ふいに、相手が自ら、闇の中から姿をさらした。
紅い甲冑が星々と月の光を受けて、さながら血に濡らしたような色だった。
その姿といえば、まるでザコーネ騎士団隊長の姿そのものなのだが、先も述べたとおり全身が紅く染められており、隊長の象徴である角、その右角だけが見事なまでに砕かれていた。
そんな奴が、すっかり光のもとに身をさらすと、冷たい殺意と、凍りつくような白銀に染まった、それでいてひどく澄み切ったような剣尖を、刃花に向けていた。
「何も拙者にそれを向ける理由はないと思われるが?」
できるだけ、何時もの声音で出せた問いに――

「剣に訊け」
―その身でな・・・

淡々と答えが返ってきた。その口底に、何ともつかない感情が込められて。
同時に、相手が、にわかに地を蹴り、剣を振るった。
それを見越した刃花が、素早く帯剣を伸ばし、展開し、凄絶な剣撃の音が夜の海辺に響き渡った。
なんとか、四本の帯剣が刃花の側面の伸び、相手の剣撃を受け止めていた。
鍔競り合うように両者の剣がぎりぎりと火花を散らさんばかりの勢いで震えた。
とてつもない重さが帯剣に圧し掛かり、それを支える腕が押し返され、徐々に膝がくじけてゆく。
じりじりと、相手の剣が向かってくる。
しかし、僅かな距離で、刃花の方がにやりと笑みを浮かべると、素早く帯剣の刃を返す。

「ぬ・・・」

相手が、感嘆にも似た声を上げた。
その隙を縫い、予備動作なしに大きく後ろに跳躍、着地と同時に四本の帯剣を蛇のようにくねらせ、相手の甲冑の隙間を狙う。
だが、すぐに刃花の顔が蒼白になって歯を噛んだ。
なんと、相手が空いた左手で“何も無い空間、ただの虚空”から、もう一本の剣を何気なしに、慣れた動作で瞬時に引き抜いたのだ。
その左手の剣で迫る帯剣を悉く粉砕し、残った右手の剣の柄を逆さに握り、それを構えた。
まるで投げ槍をするかのような構えのまま、とてつもない“氷結が”目に見えて剣に込められた。

「なん、と・・・・!?」

瞬間、相手が剣を投げ放っていた。
恐るべき勢いで、刃花に向かって“一直線”に飛んだ。
刃花の身を砕かれた帯剣が瞬時に取り巻き、それら全てが一瞬で破壊された。
彼女の攻撃であり防御であった何もかもが粉々に粉砕され、星々と月の光に煌く屑となって散り――
その剣尖は――――――
――――――刃花の胸を真っ直ぐに貫いた。
ぎりっと歯を食いしばった口元から、またたく間に鮮血がしたたった。
刃花の身を貫いた剣は、自らに込められた“氷結”をその体内で解放し、更に傷を抉り、凍らせ、肋骨やらの骨を貫き、砕き、その肺腑をずたずたに刻み、内側から、裂いた。
血の泡と液を吐きながらも刃花は相手を見据えた。

ふいに、彼女の視界が色彩を取り戻した。
そこに陰影があり、また距離感があった。
あんな奴と、監獄と、姉上と、海月と、銀鱗亭と、唐揚げと―――

土壇場で足に力を込め、かっと双眸を見開き、殺意と生存本能に満ちた瞳が、相手の紅い甲冑と向き合った。
「まだだ・・・・・まだ・・・・・」
刃花が最後の力を振り絞って手に力を込めるが、まるで帯剣は布のように落ちたままで一向に動かせなかった。
「お・・のれ・・・・」
無念の固まりのような声と、血反吐を吐きながら、ぐらりとその身が傾いだ。
そして―――あっけなく海面に落ちた。
紅い騎士ヴィクター・エヴレーン・レベルの目が、甲冑の内側から、ちらりと、海面を向いた。
先の女が浮かび上がって来る気配は――――――ない。
ふと、自身の手に残った剣を星々と月の明かりに照らしてみる。
きらきらと煌く剣身は、妖しくも美しくもあり、そしてそれが“死者の剣”である事が加わり、更にその美しさが際立った。
「ふん・・・・好きになれんな」
海面が再び元の静寂にかえる頃には、そこにエヴレーンの姿はなく、代わりに先程の剣が突き立てられていた。
その周りに、夥しいまでの血と、煌く砕かれた帯剣の破片をのこして。


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