「エアリィと交戦」   作:暇人





 すっ、と短く息を吸い込み、ビアンカは閉じていた瞳を開く。
 右手を腰の裏の箱に回す、その箱には漏斗状の筒が付いていて、そこには一本の棒が差し込んである。
 箱は、弾薬盒つまりは銃に必要な火薬と弾丸が入っている箱、差し込んである棒はそれを銃に押し込む朔仗だ。
 素早くその朔仗を引き抜く。
 朔仗の先端には磁石が埋め込まれていて、弾丸と火薬を紙で包んだ早合と呼ばれる包みを掴み取る。
 掴み取った早合の下部をビアンカは噛みちぎり、そして銃口から中に押し込む。
 朔仗の後端に付いたボタンを押すと、磁石が引っ込み朔仗から弾丸が離れる。
 銃口から引き抜いた朔仗を弾薬盒に戻し、銃を構え、打ち石の付いたハンマーを親指で跳ね上げる。
 ビアンカの研ぎ澄まされた視力は遥か先の標的をはっきりと捉え―――
 撃った。
 轟音を轟かせ、弾丸が放たれる。
 この間およそ五秒。
 一瞬の空白の後、鉄製の標的を弾丸が穿つ音がビアンカの元に届く。
 「いい腕をしとるな」
 ふと、背後で声がした。
 振り返ると、ビアンカより頭一つ分は小さな姿があった。
 銀鱗亭の防衛隊で教官的な立場に立っているエアリィことエアリード・F・バチスカーフだった。
 見た目は十二、三歳ほどの少女だが、実年齢は裕に三百五十を超え、豊富な経験と知識で銀鱗亭の防衛隊員の指導に当たっている。
 「ありがとうございます!」
 元気よく応えるビアンカに、落ち着いた態度でエアリィは話を続ける。
 「連発性の低い先込銃の欠点を良くカバーしておる。それだけ早く装填できて、なおかつあれだけ集弾できているとなると大した物だろう」
 褒められて嬉しくなり、ビアンカの大きな猫耳が元気よくハタハタと動く。
 「ありがとうございます!これは父が作った物なんです」
 そう言いながら示したのは、先程の射撃に使った長銃と弾薬盒だった。
 「ほう。御前の父上はガンスミスなのか?」
 「いいえ、似てるけど違います。・・・あたしの父は武器商人でした」
 “でした”という過去形にエアリィは首を傾げる。
 「と言うと・・・?」
 ビアンカのいつもの明るい表情に僅かな影が差す。
 ちょっと長くなるんですが、と前置きし、ビアンカは語りだす。

 「父は旅の武器商人でした。トライガルドのとある有力武器商の長男だったんですけど、世界を見て回りたいとか言って、商会の経営を弟に任せて世界中を行商して回ってたんです。そんな時に、ザイランス出身の母と出会って、なんだかんだであたしが生まれました。でもあたしが生まれてすぐ戦争だか、病気だかで母は亡くなったそうです。・・・あたしお母さんの顔を全く覚えていないんです。・・・まぁでもそんな事は良いんです。で、その後も父は懲りずに行商を続けました。幼いあたしを連れて。・・・旅の中で色々と覚えました、この銃もその一つです。よっぽどの変わり者ですよね、乳飲み子を連れて戦場を回り、武器を売る。しかも当人は有力商会の長男。そんな父の噂は割と遠くまで広がってたらしいんです。で、ある時ろくでもないヤツらに目を付けられたんです。・・・たしかあたしが十三歳の時だったと思います。武器を買いたいと言ってきた傭兵部隊の隊長を名乗った男が、あたしをさらって父に金を要求したんです。よっぽどのバカですよね、いくら有力商会の長男だからって、行商中の人間が人さらいを満足させるほどお金持ってるわけないじゃないですか」

 エアリィはビアンカの話をただ静かに聞いていた。
 ビアンカもエアリィに対してというより独り言のように語る。
 「で、結局父はどうしたかっていうと、ありったけの商売道具、つまり武器を持って、あたしをさらった傭兵団に突撃したんですよ・・・・・・・・・なんとかあたしを助け出したまでは良いんですけど、その後はさすがに手に負えなくなって、あたしと一緒に必死になって逃げました。あたしの所に来るまでに既にかなりボコボコにやられてて、歩くのもやっとな状況だったんですけど、当時はそりゃ死物狂いで逃げました。・・・・・・・気付いたら、戦場に紛れ込んでて、でもそこなら逆に見つかりにくいかもしれないと思って、そのまま何日か隠れてました。そしたらある日、どこからか綺麗な音が聞こえて、それで昼間なのにいきなり空が暗くなったんです・・・・・・・・・・・・・・・そんなこんなで、今あたしはここにいます」

 長い語りを終え、ビアンカは一つ小さく息を吐く。
 「・・・その戦場で、父上は・・・」
 何となく言いにくそうにエアリィは言う。
 するとビアンカはあわてて取り繕った。
 「あ!違います!もう完っ全にフルボッコでしたけど死んではないです! 数日寝続けて、ハンナベルさんがびっくりするぐらいご飯食べたらもう治りました」
 「・・・・・・・・・・」
 エアリィは目を丸くしてビアンカを見つめる。
 「今は国に戻ってのんびり暮らしてます。あたしは勉強になるからって、ここに残ったんです。別に反対はされませんでした」
 「・・・・・・何と言うか、放任主義な父上だのう」
 ビアンカは苦笑。
 「あたしはここでの生活が気に入ってますから」
 そうか、と小さく零し、エアリィはビアンカの前から立ち去っ・・・らなかった。
 「貴重な身の上話を聞かせてくれて感謝するぞ。それで礼と言ってはなんだが、ワシが一寸稽古をつけてやろう」
 それまで穏やかだったビアンカの表情が、一気にビキィッ、と凍り付いた。
 「あ、いや、でも今日はもう十分射撃訓練したので・・・・」
 うんうんと神妙に頷き、エアリィは言う。
 「それは十分承知しておる。御前の銃の腕が立つのも十分分かった。だが御前は白兵戦に対する技能に不安がある。いくら狙撃の腕が立つからと言って、格闘その他が出来ないでいると、いざ敵に攻め込まれた時に何にも出来ずに殺されてしまうぞ?」
 「ああ、はい、えぇそれは重々ショウチしております・・・」
 「そこでだ。話に聞いておるとは思うが、ワシは他の防衛隊員その他希望者に対して戦闘訓練を行っておる。それを今御前と行う。どうじゃ?」
 ビアンカは必死になって気遣ってくれた先輩の気持ちを尊重しつつ、しかしこの悪魔の訓練を回避する言い訳を考えようとするが、いかんせんビアンカのボキャは貧相すぎた。
 「あーーー・・・・お気持ちはうれしいのですが・・・」
 「なに遠慮する事は無い。ほれ、丁度場所も空いておる」
 有効打を出す前に退路を断たれた。
 「・・・・・・・・・・・・はぃ」

 その後しばらくの間、銀鱗亭に尻尾を踏まれた猫のような悲鳴が響き続けた。



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