「それでも進むよ銀鱗亭」   作:モンジ





*  *  *  *


〜とある客Aの証言〜
「ここ? いざこざは絶えないけど楽しいね、ここで一杯やるために生き延びたくなるよ」


 *  *  *  *

戦場にその影有り。
巨大な戦争、小さな反乱、突発的な紛争、そういった争いの真っ只中にその巨体は常にあった。
城塞宿「銀鱗亭」
戦争孤児や戦争に巻き込まれた人々を収容し、最前線において兵士達の癒しの場でもある完全中立地帯。
ここでは敵も味方も関係なく、等しくただの客として扱われる。
銀鱗亭の主人は女であり、その姿を見た者は少ない。
しかし、その姿は妖艶であり絶世の美女であるという。
また、その正体にも関しても様々な噂が飛び交っている。
曰く、世紀の大魔女。
曰く、別世界の魔王。
曰く強大な古代種の龍。
曰く、いわゆる神、など様々なことが言われている。
しかし真相は闇の中。

そして、そこで働く従業員達も様々な種族、人種、生い立ちを持っている。
戦争孤児で拾われた者。行き場を失くしてここに辿りついた者。目的のために銀鱗亭を利用している者。
人間、獣人、龍族、リビングデッド、モンスター、お尋ね者。
そういった者達が日夜働いており、しかも戦場における空白地帯ということで、そこは誰にも縛ることのできない場所であった。
戦場のサラダボウル。
あらゆる種族を受け入れる最前線城塞宿、畏怖と尊敬とやっかみと感謝をこめて、銀鱗亭はそう評されていた。
そして、そんな銀鱗亭の一日が今日も始まる。

 *  *  *  *


〜とある兵士Bの証言〜
「ここは本当天国だね。
酒は美味いし、飯も美味い。
綺麗な姉ちゃんはいる、メイドさんもいる、うんメイドはいい。
心が洗われる……人類が生み出した文化の極みだよ」


 *  *  *  *

「うははは! 今日も生き残ったぜ! ほら、お前らも呑め!」
「……うぅ、あそこであんなことしなければ、あいつはぁ……っ!」
「姉ちゃん、酒〜」
「おい、こら吐くな! ゲロも飲み込め、ぼけ!」
「お姉さん、料理まだー?」
「らめえええ! これ以上呑んだら吐いちゃうのほぉぉぉぉ!」

武器をかち合わせるだけが戦争ではない。
ここ、銀鱗亭の大居酒屋も確かに一つの戦場だった。
ひっきりなしにやってくる体力だけはありあまる兵隊達が、今日も大飯を喰らい、酒を呑み、生きている実感を得ている。
そんな中を青い給仕服に身を包んだ少女や青年達が忙しなく行き来していた。
全員が青いメイド服である。
少女は勿論、男もメイド。
彼女達の働きを、多くの兵士達が眺め癒されていた。一部からメイド服の男の方にも熱い視線があったが……
そんな中に、彼女の姿があった。
その胸の膨らみに男は釘付けになり、ゆったりとしているはずの給仕服からでも体のラインが分かるほどの肉体美。
男達の下衆な視線を一身に集めるその体。
足元から舐めまわすようにその体を見ていくと、どんな兵士も思わず涎が垂れそうになる。
そしてその視線が顔に向かう。
こんな体を持っている女だ。
一体どんな容姿をし、どんな顔でこちらに向いてくれるのか。
そんな想像に鼻を伸ばす男達の顔が固まった。
首からは上はそれはそれは見事な本があった。
その肌は紙であり、顔は四角で心は乙女。
本人間 ライブラ・リラーとは彼女のことである。
複数の男達からの視線に気付き、ライブラは(⌒-⌒)と顔に笑顔を浮かべた。
その笑顔に、男達は引きつった笑みを返し、再び酒に向かう。
その様子を見て、ライブラは小さく息を吐いた。

「ライブラ、大丈夫?」
『あ、ビアンカさん……いえ、いつものことですので気にしないでください』

ライブラに声をかけたのは亜人ビアンカ・ベーレント。
長い茶髪に大きな猫耳が特徴的で、全体的にすらっとしたスレンダーな体付きのためどこか猫科を思わせる少女だ。
ビアンカの心配する声に、文字を顔に浮かべて答えるライブラ。
顔の文字の部分に記号や文章を浮かべる、これが彼女の意思疎通の方法である。

「ああ、いつもの男の視線ね……もう、慣れるしかないんじゃない?」
『分かってはいるんです……ですけど、恥ずかしくって……うぅ』
「まあ、ライブラは恥ずかしがり屋だしね」
『……男の人ってこんな胸のどこがいいんでしょう? あっても邪魔なだけなのに……』
「うし、あんたが売った、私が買った! 貧乳を敵に回したな!」
『へ? あ、いや、そ、そんなことないです!』
「もんどーむよー! この胸か、この胸かぁぁ!」
『うひゃああ! や、止めてくださいぃぃ!』

突然のビアンカの暴走に周りの男達がおぉ! と歓声を挙げる。
ビアンカがライブラの胸を乱暴に揉みしだいている。
そのたびに、ライブラの肉感的な胸がぶるぶると震え、服越しでもその柔らかそうな感触が想像できそうであった。

「いいぞー! もっとやれー!」
「ちくしょう、本なのに……顔は本なのに、なぜだ俺?! 何故こんなにも興奮する!?」
「そこに胸があるからさ……」
「うおおお! 胸万歳! 胸万歳!」
「百合ですね、ああ百合ですね、分かります」
「俺の股間がぎんぎん亭!」

男達が一斉に盛り上がり、そこだけが嫌にも人だかりが出来ていた。
そんな男達の中に、いつの間にか蒼白の髪を持つ女の子が紛れ込んでおり、黒衣の人形と共に妙なことをし始めている。

「おおっと、胸が盛大に揺れた! しかし、ライブラ選手はビアンカ選手のマウントポジションを奪い返せません!
 おお! 服が肌蹴そうだ! もう少し! もう少しで胸が丸見えになります!」

いつの間にか実況席を用意し、実況を始めている少女はアカツキ。そして黒衣の人形はカゲロウ。
二人とも銀鱗亭の接客兼警備担当のだが、止める素振りは見せない。むしろ大いに煽っている。
楽しいし、サボれるからこれで良し。10代前半という幼い容姿に似合わない小悪党な笑みを浮かべながら、アカツキは楽しんでいた。

「いまだー!」
「そこだー! 剥げー!」
「脱がせー!」
「胸ー!」
「さあ、銀鱗亭第34回キャットファイト、これまで完璧にビアンカ選手のペースです! このままライブラ選手は負けてしまうのかぁ!?」
『誰か、誰か、止めてくださいいいい!』

と、俄かにその場が興奮に包まれたころへ、いきなり一つの影が躍り出た。
黒衣の戦闘服に身を包み、眼鏡を掛けた長身の男。

「話は聞かせてもらったぜ!」
「あ、あんたは! 防衛隊長の!」

野次馬達が一斉に驚く中、その男は悠然とそこに居た。
銀鱗亭を守る防衛隊の隊長であり、腕自慢が多い銀鱗亭の中でも更に凄腕の男。
どんな態勢からでも必中の腕を持つ銃士。
ミュール・リードマン。
銀鱗亭の主人に召喚されてやってきたという人間である。

『ああ、ミュール隊長……助けにきて……』
「乳はもっと優しく扱え!! そんな乱暴じゃ胸が可哀想だろうがあ!」
『と、止めないんですかああ!?』
「あ、ライブラちゃん、その胸は大切にな。よし、優しくだぞビアンカ! いけ!」
「いよっしゃあ!」
『いやああああああ!』
「さあ、ミュール隊長のお許しが出ました! ここから会場は更なる盛り上がりを見せています! 実況者である私も俄かに興奮してきました!」

 *  *  *  *


〜とある胸フェチMの証言〜
「世の中には色んな乳がある。大きい乳、小さい乳……しかしそれは個性だ。美しき個性と言える。だから胸が小さくても気にすることはないさ。
俺? 大きい胸が好きに決まってるじゃねえか」


 *  *  *  *

その後、給仕顔役であるアルモニカのメガトンパンチと調理場からの数名の応援により、その場はどうにか治まった。
壁にめり込んだものが13名、地面にめり込んだのが7名、外に放り出されたのが6名、しびれ薬を飲まされたのが9名……その他多数。
という状況で既に内装は一部半壊。
しかし、それでも皆笑いながら楽しげに酒を呑んでいた。

「13番に注文を頼む、後11番にお酒持っていけ」

お目付け役のアルモニカが指揮をし、メイド達は再び慌ただしく動き始めた。
なお、煽ったミュールは外に放り出された人間の一人であり、その前から煽っていたアカツキはちゃっかり逃げおおせている。
ビアンカ、ライブラの両名は仕事が終わった後にアルモニカからのながぁぁいお説教があるらしい。

「ライブラ、ニクニンジンとキラートマトのブラッド煮込み、9番ね」
『あ、はい』
「さっきは災難だったなぁ」

調理担当のハンナベル・グラスドールから皿を受け取ったところで妙に同情されてしまった。
まあ、その割には顔はニヤニヤと楽しそうである。
赤い髪に羊の様な反り返った丸い角。<見た目は小さな少女だが、その実、強大な龍種であると言われている。

『(^ー^;) 』
「そんな渋い顔せんでもいいだろう。アルモニカには後で事情説明しといてやるから」
『あ、ありがとうございます』
「しっかし、とことんトラブルメーカーだね、ライブラは」
『……ごめんなさい』
「いや、謝らなくてもいいよ」
「……時々、自分の体と心が嫌になるんです」
「ん?」
『……もっと普通の体だったら男の人から変な目で見られませんでした。もっと心が強かったら嫌な視線にも慣れることもできたはずです……』
「内罰的なのはよくないよ。まあ、仕事に専念しとくれ」
「はい……」
「……その体も、その心もお前さんが作ったお前だけのものだ。それを貶すことは無いし、自分自身を卑下することもない。
まあ、ライブラは優しいからね、そこが良いところだけどさ」
『……ハンナベルさん』
「さあ、料理が冷めちゃうから、早くテーブルに持ってて」
「……ありがとうございます」

ててて、とホールに向かうライブラの後ろ姿を見て、ハンナベルは軽く微笑んだ。
母が子を見守る様な、そんな笑顔だった。

「優しいな」
「おや、給仕顔役。お仕事はいいのかい?」
「元々、真面目なのが多いからな。最初の歯車さえ回せば、後はきちんと動いてくれる」
「ま、確かにね。ああ、そうそう。あんましビアンカとライブラを虐めないでやっておくれよ?」
「分かってる。あれがただのじゃれ合いだったって分かってるよ」
「やるなら、仕事が終わってからにしろ……か?」
「きっちりやってくれたら文句は出ないんだがな……」
「それはそれは……あ、21番にこれお願い」
「分かった」

アルモニカが皿を受け取ったその時、耳障りな声と机が倒れる音がした。

 *  *  *  *


〜とある鎧乙女Rの証言〜
「ええ、ライブラとは仲がいいですよ。
だって同じ女の子ですし、女の子同士の話でいつも盛り上がるんです!」


 *  *  *  *

「なぁ、本の姉ちゃんよぉ、少しくらい良いじゃねえかぁ」
「たまんねえよな、そんな体しててよ? こちとら色々溜まってんのによ?」
「顔は本だってのに相手にしてやってんだから、少しくらいサービスしろや」
「ほら、こっちに座って少しだけだから、なぁ?」

粗野を絵に描いた男達が四人、口々に下卑な言葉を口走っていた。
とても一軍の将兵には見えず、また、傭兵のような独特の空気も纏っていない。
良くて山賊、もしくはチンピラの類いである。
戦火に巻き込まれた人々の避難所にもなっている銀鱗亭は入出チェックが厳しい。
しかし、ごく稀にこういった輩が存在している。
多くの人間が逃げ場を求めてやってくるため、人混みに紛れてくるのだ。
銀鱗亭で問題を起こせば戦場のど真ん中に放り出される、そんなことにも頭が回らないような下劣な連中なのだろう。
その内の筋肉質な男が、ライブラの腕を掴んで抱き寄せようとしている。
ライブラ自身は懸命にその手を振り払おうとしているが、男の力には勝てないようだ。

『や、やめてくださいっ! 離してください!』
「なんでぇ、喋ることもできねえのかよ?」
「ほんと、勿体無ぇよなぁ、そんな体してんのに。
本に顔でも書いてやろうか?」
『け、警備の人を呼びますよ!』
「俺たちゃ悪いことはなんもしてねえよ? ただ、お姉ちゃんと話してるだけじゃね?」
「酷いなぁ、傷付くなぁ。傷付いたから今夜、慰めてくれねえかなぁ」
「こんな頭してて、やれんのかよ?」
「無理くせぇなぁ」
「ちげえねえ!」

げれげらと濁声の笑いが響き渡る。
これ以上は目に余る、と周囲の人間が殺気立ってきた。
しかし、よほど酔っているのかチンピラ達はそのことに気付かない。

「いっそのこと頭に袋被せてよ?」
「いいな、それ」
「無理矢理ってか? お前頭いいな!」
「ほら、もっと俺達の相手してくれよ?」
『や、やめてください、お願いします!』
「ひゃはは、お願いしますだってよ」
「なにを止めてほしいのかねぇ? 俺には分からねえなぁ?」
「あ、おい、暴れんなよ! いい加減に、こっちに座れって!」

筋肉質な男が暴れるライブラに苛立ち、手を振りあげたその瞬間。

「いい加減にしてください!」

一際大きな声が響き渡る。
そして大きな影が一つ、男達の前に割り込んできた。
金属製の武骨な鎧、赤い飾り羽がついたヘルム。
そしてそれらに似合わない可愛らしい声。
リビングアーマーであるナナリー・フォルテシアがそこに居た。

「これ以上は他のお客様にも迷惑です! それくらいのことを考えてください!」
「なんだぁ、この鎧?」
「女の声がすんぞ、面白ぇ」
「てか、やけに生意気じゃねえか、鎧の姉ちゃん」
『ナ、ナナリーさん……!』

ナナリーの登場により不意を突かれた男達。
その瞬間、握られていた手を振り払い、ライブラはナナリーの後ろに隠れた。

「あ、こらてめえ!」
「これ以上の騒ぎは警備の人間を呼びますよ!」
「うっせえよ、鎧風情が!」
「俺達に歯向かうってのか?」
「やんのかおい?」

酒と血が完全に頭に昇っているらしく、男達はそれぞれの獲物に手を掛ける。
一気にその場の緊張感が高まった。
ここで武器を出せば殺傷沙汰は免れない。
男達が得物を取り出そうする、しかしその手は空を切った。

「ほら、あなた。
やっぱり銃みたいな科学は駄目よ」
「そりゃ使ってる奴次第で、魔法だって同じじゃねえか」

男達の武器である銃と蛮刀がふよふよと浮いており、それを青髪のエルフが弄んでいた。
そしてあなたと呼ばれたのは緑の鱗を持つリザードマン。
リザードマンの技術者であるズィル、そしてエルフの幽霊であるラクシャーナ。
ディケンズ夫妻がいつの間にか男達の武器を取り上げていた。

「魔法は修行を積まないと使ないの。あんな下品な連中には逆立ちしたって無理よ!」
「そんな下劣な連中でも使えるってのが素晴らしいじゃねえか。まあ、でもあいつらに使われちゃ銃達も可哀想だ」
「あら、それには同感」

会話をしながらもズィルは銃と剣を分解し、ラクシャーナはそれをお手玉のようにポルターガイストで回していた。

「て、てめえらよくも武器を!」
「か、返しやがれ!」

男達が唸りながら二人に殴りかかる。
気勢だけはまだ殺がれていないようだ。

「ミロニナッコォ!」

夫妻に殴りかかった一番大柄な男が、思いっきり吹っ飛んだ。
そこに立っていたのは、顔の半分を髪に隠し、金髪の縦ロールが印象的な少女。
トイレ係 ミロニ・アトゥメテン。

「ふう、セクハラ師匠を思い出すわ……死んでくれてるかなあいつ」
「な、なんだてめえ!」
「殺されてえのか!」

尚も食ってかかろうとする男達、しかしそれも虚勢に近いことは誰でも分かった。
突然武器を奪われ、一番デカイ仲間がやられたのだ。
最早、パニック寸前なのだろう。

「あ〜……早く謝った方がいいよ? 今なら土下座くらいで許されるだろうし」
「く、糞ガキが舐めんじゃねええ!」
「ぶん殴ってやらあ!」

ミロニの忠告を、単純な挑発と受け取ったらしく、男達が激昂した。
眼帯をした一人が手直にある椅子を振りかぶり、ミロニに殴りかかった。
しかし、ばきんと音がして椅子が壊れる。
そしてその眼帯男も仲間と同じように吹き飛んだ。
いつのまに間に入ったナナリーが椅子を防ぎ、男を突き飛ばしたのだ。

「ひ、ひぃぃ!」

その光景を見た小柄な男が思わずその場から逃げ出す。
しかし、その足を黒い影が絡め取り、男は盛大にずっこけた。
カゲロウの邪気たっぷりな笑い声がクスクスと聞こえてくる。
そして細身の男が一人だけになる。
吹き飛ばされた仲間と、カゲロウに捕らえられた仲間を、何が起きたのか分からないといったように見る。
逃げる機会を逸し、仲間も全員伸びており、周りは訳の分からない連中ばかり。
何をされるか分からない、そんな恐怖感が男を支配した。

「あ、あああ! わあああああああああああああああ!」

半狂乱になり、男は懐から小型銃を抜いた。

「く、くるなぁ! こっちにくるんじゃねええ!」
「単発式小型銃か……というか、おいラクシャーナ」
「あらやだ、あんな小さいのもあるのね」

うっかりといった感じの妻に、ズィルは軽く頭を抱える。

「こ、これをぶっ放すぞ! よ、寄るんじゃねえ! くるなあ!」

銃身ががたがたと震え、男の指が引き金にかかる。
そしてその指に力がかかり……

ダァン

銃声が響いた瞬間、男の手から小型銃が消えていた。

「……へ?」

間抜けな声をあげた男の前にミロニとリナリーが踏み込む。
そして男の体は宙を舞い、壁に叩きつけられた。
店の出入り口、黒衣の眼鏡の男が銃を担いでいるのを見て、そのまま男は気絶した。
『誰かほんとに助けてえええええ!』


 *  *  *  *


〜銀鱗亭 暗黙の掟 第6条〜
「セクハラ行うべからず 死して屍拾う者なし 死して屍拾う者なし」


 *  *  *  *

そうして四人のチンピラ達は警備部に連れて行かれた。
しばらく銀鱗亭内で無償奉仕をしてもらうことになるだろう。

「こ、怖かったぁぁ!」

ぶるぶると震えながらリナリーがへたり込む。
見た目は鎧でも中身は純然たる乙女なのだ。

「いいぞリナリちゃん〜!」
「かっこよかったぜえ!」
「リナリーちゃんにかんぱーい!」
「かんぱーい!」
「銀鱗亭にかんぱーい!」
「かんぱーい!」

周りの客達から一斉に拍手が送られ、そのまま場は宴会のように盛り上がり始めた。
ディケンズ夫妻は客達からお酌をされ、ミロニは一番上等な食事を客達から奢ってもらう。
カゲロウ達はいつの間にかそのご相伴に預かってサボっていた。

『り、リナリーさん! 大丈夫ですか?!』

へたり込んだリナリーに、ライブラが駆け寄る。

「あ、あはは、なんだか一気に力が抜けちゃった……」
『ごめんなさい私のために! 本当にごめんなさい……っ!』
「私は大丈夫だよ。ライブラこそ大丈夫だった?」
『リナリーさんが助けてくれましたので、何ともないです。本当にありがとうございます』

ふるふると震えながらライブラは話す。
どうやら泣きそうなのを我慢しているようだ。

「ライブラ、リナリー、大丈夫?!」

ビアンカが焦りながらも駆けつけてきた。
その顔は不安と焦りに彩られている。
それを安心させるように、リナリーはゆっくりと答える。

「私もライブラも大丈夫だって」
「はぁ、よかったぁ……」

へなへなと全身の力が抜けたようにビアンカが息を吐く。
しかし、そこからキッと二人を睨んだ。

「二人とも危ないことしないの! 特にリナリー、あなたも女の子なんだから!」
「ご、ごめんなさい……でも、ライブラをどうしても助けたくって」
「ライブラもライブラよ! ああいう時はハッキリと言うの! もしくは私に言いなさいよ!」
『はい、ごめんなさい……』
「まったく……」

鼻息を荒くしながらも、ビアンカの目は安堵に微笑んでいる。

「本当に、まったく、だ。また揉め事を起こして……」
「あ、アルモニカさん」
「リナリー、さっきは御苦労。」

アルモニカが憮然とした表情でやってきた。
そして軽く周りの様子を見渡す。

「ほらお前ら、騒ぐのはここの片付けが終わってからだ」

アルモニカの一喝に騒いていたミロニ達は、しぶしぶと壊れた机や床などを片付けていく。
もちろん、カゲロウはいつの間にか別の場所で給仕をしている。

「さて、ライブラ。ちょっと裏にこい」
「あ、私も行きます」
「私も!」

ビアンカとリナリーが共に手を挙げる。
しかし、アルモニカは二人を一瞥し、静かに言う。

「ライブラだけだ。二人は給仕を続けてくれ」

そうして厨房の隅にライブラは連れて行かれた。
しゅんと、酷く落ち込んだ様子でライブラはそこに立っていた。

「ライブラ。どうして魔法を使わなかった? あの程度の相手ならお前でも対処できるはずだぞ」
『…………怖かったんです』
「……自分より弱い相手がか?」
『何をしたらいいか分からなくて……』
「その挙句がリナリー達を危険な目にあわせたってこと、分かっているよな?」
『はい……』

俯き、肩を震わせるライブラ。
ぼろぼろと泣いていた。涙を流さず泣いていた。

「お前が優しいというのも、気弱だというのも分かってる。
だがその優しさがお前の大切な人を傷つけることもあるんだ」
『はい……』
「もう少しだけ気をしっかり持て、前を見ろ、抗え。
自分の身は自分で守るのが当たり前だ」
「……」

ぐずぐずと泣いているライブラを見て、アルモニカはがしがしと頭を掻く。
いくら精神年齢が高かろうと、ライブラの自我が生まれてまだ数年だ。
自分の精神を変化させる事が出来るほど、まだ彼女は成長できていない。
言わば、子供である。
しかし、ここで働いている以上、それは理由にできないのだ。

「今度から、ああいう手合は直ぐに魔法で追い払え。いいな」
「……はい」
「よし、ホールに戻れ」

とぼとぼとホールに戻るライブラを見て、アルモニカは深く溜息を吐いた。
子供を心配する父の様な、そんな溜息だった。

「まったく、厳しいねぇ」
「……ハンナベル。
仕事をしろ」
「だから、こうやって鍋をかき混ぜてる」
「ああ、そうかい」
「見た目があんなんだけど、ライブラの精神構造はただの少女だよ」
「それが問題なんだよ。普通の給仕ならいいが、ここは銀鱗亭だ」
「戦争が激化してくれば、ああいったことは増えてくるしね」
「まったく頭が痛いよ……悩みの種は変態二人だけで十分だ」
「ま、今あの子は変わろうとしてるから、見守ってやってくれ」
「……そうか」
「はいできた。これを10番に」
「分かった」

そしてアルモニカは再びホールへと戻っていった。

 *  *  *  *


〜あとる亜人少女Bの証言〜
『まあ、大なり小なりああいう揉め事はあるよ。
 けど、あれ以来かな、ライブラが魔法を比較的良く使うようになったの』


 *  *  *  *

「なにしたらあんなことできるのかな?」
『あんなこと?』

二日後、ビアンカはなんとなしにライブラに呟く。
答えを求めているというより、単にぼやいているようでもあった。

「この前のあのイザコザで最後に男が小型銃落としたの。
あれミュール隊長の狙撃だよ」
『あんなに小さい銃を、あんなに人が集まっている場所で撃ち落とせるのですか?』
「ん〜……多分ミュール隊長ぐらいじゃない? できるのは。
まあ、俺は目を瞑ってただけだぜ〜っててきとー言ってたけど」
『やっぱりここの皆さんは凄いんですね……』

感心しているライブラに、ビアンカは素直すぎる、と苦笑した。
まあ、それがこの友人の良いところである。

「そういえばここ2日、戦闘訓練の見学してるらしいね、どうしたの?」
『あの事件の後、アルモニカさんに怒られてしまいまして、少しでも力を付けないとって思ったんです』
「訓練に参加しないの?」
『え〜と、そのー……』
「怖いんだね……」
『はい……』

顔に涙マークを浮かべてライブラがうな垂れた。
元々、花畑で花を愛でてるのが好きな乙女ちゃんである、いきなり荒くれ者共の訓練に混じれというのも酷であろう。
変態も二匹いるし……

「ま、じっくりやってこうよ。
面倒だけど、私も手を貸すし!」
『で、でも……ビアンカさんに悪いです』
「気にしな〜い! お姉さんに任せなさい!」
『ふふっ……はい、お願いします』

にっこりとほほ笑みマークを見せ、ライブラが言った。
こんな優しい人達、優しい場所を自分で守りたい。
そんな思いが彼女の中に出来ていた。

「ライブラ、ビアンカ、12、14、17これとこれとこれお願い。あと7、9番に注文ね」
『「はい!」』

ハンナベルからの呼び出しに、元気よく答えて二人は動きす。
また、忙しくなりそうだ。
そんなことをライブラは考え、今日もまた彼女は頑張るのだった。



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