「絡み蛇外伝・蛇の飼育方法」   作:匿名希望




「や、やめなさいっ! やめてっ! いやぁああああ!!」
目の前で抵抗する体を押さえつける。
「ああっ! 放して! そ、そんなことするな!」
ジタバタと往生際の悪い雪紐を小脇に抱え、臀部を上向かせた。
そして手に持った物を使い、それへと擦りつける。
慈悲も容赦も無く、ひたすらにそれを染みこませ。
「あ、そんなっ! 冷たっ…ひっ! んあっ」

「って変な声出さないでください!」

俺は思わず”尻尾を拭く”タオルを持つ手を止めた。
ツーンとタオルに染みこんだ薬用の消毒液が香る中、雪紐はこちらに顔を向けて言う。
「こ、このケダモノ!!」
それに俺は容赦なく言い返した。
「大人しく消毒液で尻尾を拭いてくれないからです! 寄生虫とか着いたら嫌でしょう」
「そんなことしなくても大丈夫だ!」
「その自信はどこからくるんですか! 信用なりません!」
そしてまたタオルで尻尾を拭き始める。
「嫌だぁ!」
その体を押さえつけながら俺はこうなった経緯を思い出した。


朝、急に知り合いが訪ねて来た。
そいつは手に巨大なガラスケースを持ち、俺にいきなり話を持ちかける。
「あ、ちょっとすまんけど、こいつ預かってくれるか?」
「なんだ?」
「お、なにかえ?」
それを覗き込もうとした時、偶然にも月見も通りかかり。
「うんまあ、珍しいだろ。白蛇なんだ」
「ひぃ!?」
取り出された白蛇を前に。兎の本能か、月見は恐怖に慄き後ずさる。
「たしかに珍しいな」
それを手渡されヒンヤリとした鱗の感触を感じる。
「こ、こっちに向けるでない!!」
牽制する月見に苦笑しながらも、やはり預かるとなると別問題だった。
「いや、見ての通りここは飲食店だしな、ペットはちょっと」
「いや、一晩だけでいいんだ! お願い頼む! 明日の朝取りに行くから!」
と、気がつけばすでにそいつは入り口に手をかけている。
「お、おい待て! まだ預かるとはっ」
ガララピシャン!
早々に出て行かれて呆然とする俺、そして月見。
「これ、どうするか?」
「知らぬ!」
邪険にする月見を見て、どうするか思案していると。
「あら、珍しい。私の眷属じゃない」
そういえばここにも”白蛇の神”がいることを思い出した。
「いいところに!」
手早く雪紐に事情を話すと容易く了承する。
「いいわよ。私が預かってあげましょう。眷属の面倒も見れないで何が神様ってね」
気軽に言う雪紐の体に、好意を示すようにシュルリと蛇が巻きつく。
やはり白蛇の化身、扱いも手馴れたものである。
「やれやれじゃ」
ただ騒ぐだけ騒いでいた月見が安堵の息を吐く。
俺も安心しているとケイタイが鳴った。
「もしもし白葉ですけど」
『あ、オレ! ごめん! 言い忘れてた!』 ケイタイから漏れる声は先ほどの知人。しかも声が大きいのか月見も耳をぴくぴくと動かす。
「で、なんだ?」
『まあ、無いとは思うが同じ爬虫類形に近づけないでくれ。預けたそいつ先日まで冬眠してたから、鱗の隙間に寄生虫がいるかもしれないんだ』
俺と月見は一斉に顔を向ける。
「ふふん、ほれほれ。あ、こらっ」
そこには白蛇と戯れる白”蛇”の神がいて。
「はいはい、大人しく観念しましょうね! 神様なんでしょ!」
「やめっ! つ、冷たい! ちょっと染みる!!」
付属していた寄生虫を殺す薬用消毒を嫌がる雪紐との争いになったのだった。
往生際悪くまだ暴れる雪紐をガッチリ掴みながら、溜息を吐く。
「これが終わったら晩酌の皿を一品増やしてあげますから」
「く……むぅ……」
その言葉が聞いたのか、少し大人しくなった。
「いたっ、鱗が捲れる!」
はいはい、生返事で優しく消毒液を刷り込んでいく。
「ん、そのまま……裏も…っん」
どこか息が荒い気がするけど、言われた通りにタオルを滑らせる。
「ん…くっ……」
裏の根元から少しずつタオルで擦り上げていく。
思わず意外な柔らかさに驚きながらも手は止めない。
「あん……あ…ぅ…」
鱗との鱗の間を洗うような感覚。
「…ふぃん……ぁ」
いつしか熱中していたらしく、気がつけば雪紐は突っ伏し震えていた。
そんなに消毒液が染みるのか、まあもうすぐ終わる。
タオルにまた消毒液を振り掛けると、尻尾の根元を握るように包み。
そのまま先端まで一気に擦る。
「ひぃあっ!」
先端から根元まで戻し、また根元から先端まで。
「あんっ! ひっひっひっ!」
ちょっと液が多すぎたのかズチュズチュと水音がするがしょうがない。
もういいかなと思い、最後に根元を強く握ると。
ズチャ!
「ひぁあああっ!!」
消毒を完了した。
「はい、終わりましたよ。って、どうしました?」
見ると雪紐は腕の中でビクビクと震え、なぜか朧気な目をしている。
「そんなに染みましたか?」
「ぅ…あぅ……」
口端から涎をたらし、蕩けたように口を開く雪紐に首を傾げていると。
「こら陽司! いつまでやっておる! まだ営業中じゃぞ!」
パカスカと月見に殴られた。
「いった! グーは止めてくれ、グーは」
憤然と言った感じの月見に振り返るが、その手の伝票に気がついた。
「というか注文が入っておる! 早うせい!」
「お、おう! 今行く!」
慌しく店に戻っていく二人。
残されたのは、腰の抜けた雪紐と、ガラスケースにいる白蛇であった。

白蛇:神の使いと言われ、崇めるものへ吉事をもたらす存在と信仰される。

「はふぅ…」


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